15
奇跡の教会。
その扉が開いたと噂になったが、町の人々がその話題に飽きた頃。錠本が祭壇の前で祈りを捧げていると、教会の扉が開いた。
「お父さん、足の具合はどう?」
瀬崎ありすだ。
彼女の住まいから、それなりに離れたこの町だが、彼女は週に三回のペースでこの教会に訪れる。
錠本以外に、教会の扉を開ける人間が存在していた、ということは奇跡のようだが、それが瀬崎ゆりこの娘だということも、何だか奇妙で、彼の口元には自然と笑みが浮かんだ。
「お父さんはやめさない。何度も説明したが、私と君に血縁関係はないのだから」
しかし、瀬崎ありすは明るく答える。
「良いじゃない。私にとってお父さんがお父さん。いつか血のつながった父親が現れたとしたら、そのときはパパとでも呼べば良いんだから」
錠本は吐息をもらすが、悪い気分ではなかった。むしろ、安心している。いつか本当の父親が現れたとしても、彼女はそれを受け入れてくれる気がしたからだ。
二人で教会の掃除を済ませ、ありすが作った昼食を二人で食べた。
「そう言えば、教会の解体もなくなったんでしょう?」と、ありすが聞く。
「まだ決まったわけではないが…何とかなりそうだ。町の人が、この教会を守ってほしい、と私に託してくれたよ。本当に感謝しかない」
「それは、お父さんが町の人のために頑張ったからだよ」
「大したことはしていない。瀬崎神父の…君のおじいさんの真似をしただけだ」
「真似といっても、普通の人には簡単にできることじゃないよ」
彼女は母親と良く似ている、と錠本は思った。彼女は人を安心させてくれる。間違っていない、と肯定してくれるのだ。それは、ゆりこと一緒にいたとき、よく感じていたものだ。
もし、彼女が自分のことを父親のように感じてくれるのであれば、彼女の人生をできる限り見届け、支えることができるだろうか。ゆりこに対して、そうしたいと願っていたのに、背を向けてしまったが、今度は自分の命が尽きるまで。
「あ、もうこんな時間。そろそろ行かないと」
昼食を食べ終わると、ありすは急いだ様子で席を立った。
「何か用事でも?」
錠本が尋ねると、ありすは嬉しそうに答えた。
「うん。あのとき、助けてくれた探偵さんのところに。改めてお礼を言おうと思って」
「そうか。私も礼を言っていたと伝えてくれ」
「わかった」
ありすを見送ろうと、錠本も外に出た。すると、ありすが扉の横にある、郵便受けを見て、何かに気付いた。午前中、この辺りを掃除していたこともあってか、彼女はそれを見付けたようだった。
「これ…さっきはなかった」
それは、小さなロザリオだった。
かつて錠本も目にしたことがある、あのロザリオに間違いない。錠本は周辺を見回すが、郵便受けにロザリオを入れたであろう人物は見当たらなかった。
だが、確かに彼はいたのだろう。どこかへ去ってしまう前に、娘の姿を一目見たかったのだろうか。
「誰のだろう? お父さんの?」
ありすは手の平にロザリオを乗せて、錠本に差し出すように手を伸ばした。錠本は、改めてそれを見て、いくつもの感情が沸き上がり、最後は温かなものだけが残った。これほど穏やかな気持ちで笑える日々がやってくるとは、自分でも驚きである。
「それは……君のものだ」
「でも、誰かの大事なものだと思うけれど」
「いいや、間違いなく、君のものだよ」
錠本はありすの手を自らの手で包むように、そのロザリオを握らせた。
「君の両親が、大事な人が幸せであるよう、祈りを込めたものだから」
そして、彼自身の祈りを込める。娘が幸福でありますように、と。
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