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数日後の三時過ぎ。
新藤は、如月の命で駅前のケーキ屋へ向かっていた。
珍しく如月が「おやつの時間だから甘いものが食べたい」と言い出したのだった。信号の色が変わり、新藤は一歩前に出たが、背中にちょっとした引っ掛かりを感じた。
振り返ると、そこには一人の少女の姿が。彼女は、先日の事件の依頼者、異能対策課の佐藤奏音だった。学校帰りなのか、この前と違って制服姿だ。
「これ」
彼女が差し出した箱は、新藤がこれから行こうとしていた、ケーキ屋のものだった。新藤は、彼女の意図が理解できず、質問した。
「どうしたの?」
「この前のお礼」
「それなら、もう成瀬さんからもらったから大丈夫だよ」
昨日、成瀬が事務所に現れ、報酬を振り込んだという話に加え、あの町で捕らえた人間からは、殆ど組織の実体は聞き出せなかった、という話を聞かされたのだった。
「あれは、三郎と妃花からのお礼。これは、私からのお礼」
「そんな気を使わなくていいのに」
「お礼、したいの。新藤に」
「うーん。じゃあ、遠慮なくいただきます」
新藤は受け取って、重みを感じてみたところ、ケーキが四つは入っている。
「良かったら、事務所で一緒に食べない?」
せっかくだから三人でケーキを食べよう。そう思ったが、奏音は首を横に振った。
「如月葵には近付くな、って三郎が言っていた」
「どうして?」
「能力をデリートされるから、って」
新藤は苦笑いを浮かべる。
「流石の如月さんも、そんな容赦ない人じゃないよ」
「とにかく、三郎に言われているから、駄目なものは駄目」
「じゃあ、今度僕からお礼をさせて」
「それは、お礼のお礼になってしまう。受け取ったら、お礼のお礼のお礼を返さないといけない」
「……そうだね。奏音さんの言う通りだ」
「ただ、三郎と妃花がピンチのとき、また助けて欲しい。私は弱いから、何もできない」
これには新藤は何も言えなかった。異能対策課は必ずしも味方とは限らないのだから。それに、奏音は決して弱くない。能力が強力という意味だけでなく、人としても。
事務所に戻ってから、如月にケーキを見せ、奏音の話をした。
「なんだ、事務所まで来てくれれば都合が良かったのに」と如月。
「あ、ですよね。せっかくだから、一緒に食ベようって誘ったんですよ」
「いや、そうじゃなくて。あの厄介な能力をデリートするチャンスじゃないか」
「……容赦ないですね」
ケーキを食べながら、今回の事件について少しばかり振り返った。
「結局、錠本亮二は瀬崎さんの父親だったのでしょうか?」
「いや、違うみたいだ」
新藤の疑問にきっぱりと答える如月。
「色々と調べたんだけれどね、父親は別にいると瀬崎ゆりこ本人から聞いた、という人物もいた。それが何者なのか、ということまでは、知らなかったみたいだけれど」
「そうなんですね。なら、瀬崎さんは孤独の身であることに、変わりないはないってことですか」
「錠本亮二はもともと、瀬崎ゆりこの家に引き取られ、あの教会で育てられたらしい。だから、瀬崎ありすにとっては、殆ど親戚みたいなものだろう」
「そうか。だから、錠本亮二はあの教会に鍵をかけていた。自分の帰る場所、それから瀬崎さんの帰る場所を守るために」
「どうだろうね。あんな鉄面皮の神父が、そこまで人情深い人間なのかどうか」
如月は呆れたように溜め息を吐いたが、新藤はなぜか熱が入った。
「いえ、きっとそうですよ。自分の居場所があるというだけで、人は安心するものです。だから…」
新藤は思う。
如月はどこか根無し草のようなところがあって、いつかどこかへ消えてしまいそうだ。だから、自分という人間が彼女にとっての居場所と言える存在に…。
「そう言えば、錠本亮二は能力が失ったという話だが…」
如月の言葉に、妄想を遮られ、新藤は慌てて返事する。
「ああ、はい。今回の黒幕に能力を売った、と言っていましたね。能力を売るって、そんな技術あるのでしょうか?」
「……あの女なら可能だろうな」
あの女。如月がそんな表現をする人間はたった一人だ。
「目的は想像が付く。こんなことになると分かっていたのなら、錠本の能力は早いところ削除したかったが」
神妙な面持ちの如月だったが、突然吹き出すように笑い出した。
「な、何がおかしいんですか?」
驚く新藤に、如月は答えた。
「いや、やっぱり思い出すと笑ってしまうね」
なんのことか、と顔をしかめる新藤に、如月は声を潜めて言った。
「三郎と妃花…だってさ」
二人の笑い声が、おんぼろビル中に響き渡った。




