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新藤は、改めて神父との攻防を思い返す。神父はパワーがある。そして、かなり高いボクシングテクニックを持っている。単純に至近距離で戦ったら、新藤は一分と持たずに崩れ落ちるだろう。


しかし、新藤の方がスピードで勝ることは確かだ。パンチとキックを混ぜ合わせてフェイントを入れれば、確実に攻撃は当たるだろう。

さらに、タックルで倒すこともできたのだから、打撃戦で不利になれば、別の攻め方もできるはず。焦らず、奢ることがなければ、負けることはない。新藤はそう確信していたが、不安要素があった。


それは、神父が妙に落ち着いていることだ。自分に有利な状況を作り出せないことは、次第に焦りが出て、攻撃も雑になるはずだ。神父はまさにその状況にあり、逆転は困難だと追い詰められてもおかしくない。


そのはずが、彼の表情からは少しも焦りらしいものは感じられない。むしろ、新藤が自分の罠の中に飛び込む瞬間を待っているかのようにも見える。


それとも、そう思わせる作戦だろうか。

しつこく蹴りを入れたので、彼が足に受けているダメージは深刻だ。それを庇うことで精一杯に違いない。だが、そんな状況を悟られまいと冷静な顔を見せている。ここで相手のポーカーフェイスに惑わされ、慎重になり過ぎてしまったら、それこそペースを奪われることもあるだろう。


新藤は踏み込む。足を狙った蹴りを放つモーションから、パンチで顎を捉える。足にダメージを蓄積させた神父にとって、避けることは難しいはずだった。


しかし、深いダメージを負ったのは、新藤だった。新藤が踏み込むタイミングで、神父が高速のミドルキックを放っていた。これまで見せてこなかった攻撃パターンに、新藤は不意を突かれてしまう。ハンマーで内臓を横殴りにされたような感覚に、息を詰まらせ、動きまでも止まってしまった。

神父がさらに一歩前へ。次は何が飛んでくるのだ。新藤は分からなかった。


直感で身を屈めると、頭上を何かが通過した。恐らくは神父の拳だろう。次も拳がくるか。いや、膝が突き上がるかもしれない。


新藤は、どちらかが来る前に、神父の腰に飛び付き、足をかけて地面に叩き付けた。そこから、押さえ込んで上から拳の連打を浴びせてやるつもりだったが、先程受けたダメージのせいで新藤の動きは鈍っていた。


その隙に新藤を振り払って、神父が立ち上がる。新藤も距離を取って息を整えようとしたが、ダメージは大きく、嫌な汗が止まらなかった。すぐに蹲ってから、少しでも楽な格好で休みたい。だが、そんなことは、もちろん許されなかった。


神父はパンチだけが得意なのだろう。その読みが完全に間違っていた。新藤は、蹴りで神父の足にダメージを蓄積させ、意識を下に向けさせた後、顎を狙って仕留める作戦だった。それが、神父は真逆の作戦を狙っていたのだ。パンチだけを見せて、新藤の意識を上に固定したところ、下からキックによる一撃で内臓を破壊する。これに、まんまと嵌められた。


こうなってしまうと、新藤にとって踏み込みにくい状況となる。慎重に見て、攻めにくさを感じていると、神父がどんどん距離を詰めてきた。


焦るな。新藤は頭の中で繰り返す。確かに、神父の作戦で、完全に裏をかかれた。しかし、それでも彼の足にダメージが蓄積されていることは間違いない。ここで慎重になり過ぎて、相手に呑まれることなく、自分のペースで堅実にダメージを与える。自分がやるべきことは、それだけだ。


新藤はこの心理戦に対し、あえて機械的に動くことを選んだ。戦略は変わらない。神父の周りを回るようにしてリズムを取りながら、踏み込みつつフェイント。そして、足を刈り取るように、脛を蹴り付ける。時にはパンチを混ぜて、どっちが本命なのか、神父に悟られないように攻撃を続けた。


そんな攻撃を神父は捌き続けた。しかし、完全なヒットが二度あった。一度は脛を蹴り付けられた神父の体は流れ、倒れ込む。その後、すぐに立ち上がって次の攻防は凌いで見せた。むしろ、あの高速のミドルキックで新藤の体を吹き飛ばし、優位性を取り戻すことさえあったが、次の一撃はそういうわけにはいかなかった。


体重が乗った蹴りで、脛を叩かれ、神父の足が完全に止まった。傍から見たとしたら、既に決着が付いたとは思えないかもしれない。しかし、新藤からしてみると、神父は立っていることすら、難しい状態だと分かった。次、新藤がどんな攻めを見せたとしても、彼はそれを捌くことはできないだろう。




新藤は神父の強靭な精神に敬意の念を抱き、その動きを止める。だが、二人の闘いは意外なことがきっかけで終わることになる。


新藤を挟むように立つ二人の男だ。どうやら、瀬崎ありすを捕らえようとしていた、謎の組織のメンバーらしい。神父には勝ち目がないと判断し、応援にきたようだ。


そして、その二人は殆ど同時に懐からピルケースを取り出すと、錠剤を口に含む。それは、新藤も見たことがあった。飲むことで、簡易的な異能力を手に入れられる、という薬だ。その証拠に一方の男は体が一回り大きくなり、もう一方の男が目を細めると、見えない力が新藤を襲った。


新藤は気配だけを頼りにそれを躱したが、相手は二人。さらに言えば、神父と戦ったダメージが残っている。勝ち目は限りなく薄いものだった。新藤はこの状況をどのように打破すべきか、頭を巡らせたが、どうやらその必要はなかった。


「もう、おしまいだ」


どこからか聞こえたその声は、すべてを動きを止めてしまうような、静かなものだった。いや、実際にその声がすべての終わりを告げていた。


新藤を倒すために現れただろう二人は、薬によって手に入れた超人的な力に違和感を覚え、混乱しているようだ。しかも、彼らだけでなく、成瀬と乱条が相手をしていた敵も、同じような状況らしく、誰もが混乱していた。それを見て、新藤は安堵の息を吐いた。


「助かりましたよ、如月さん」


「まったく…君は、本当に世話が焼けるな」


そう言って微笑む如月は、新藤からしてみると、女神のようだった。




能力が使えなくなったと理解した敵は、素早く撤退していった。成瀬と乱条の手によって倒れていた人間も大多数は、いつの間にか姿を消している。


「葵さん、来てくれたんですね。おかげで助かりました」


爽やかな笑みを浮かべながら、駆け寄ってくる成瀬。それを見て、如月は少しばかり目を丸くした。


「成瀬さん、いらっしゃったんですか」


「はい。ちょっとした調査の途中だったのですが、大勢の敵に囲まれてしまいまして。まぁ、何とかこの通り、追い返してやりましたよ。葵さんは新藤くんのフォローでやってきたのですか? 大変ですね、頼りない部下を持つと」


調子のいい成瀬の言葉に、口を挟もうとした新藤だったが、彼の背後にとんでもない殺気を放つ乱条を見て、思わず言葉を飲み込むのだった。如月もそれに気付き、視線を新藤の方へ移す。


「調査と言えば、新藤くん。例の女の子からの依頼はどうなったかしら? えっと、確か…三郎と妃花だったっけ?」


「ああ、それなら」


説明しかけた新藤だったが、成瀬と乱条の殺気が、同時に彼を貫いた。


「えっと…それなら、既に解決済なので、如月さんが気にするようなことでは、ありません」


如月は、新藤の歯切れの悪さに違和感を覚え、首を傾げたが、それ以上は彼が説明を続けることはなかった。


「探偵さん!」


その声は、駆け寄ってきた瀬崎ありすだ。何やら慌てている。


「錠本さんを…父が!」


新藤は辺りを見回して、神父の姿を探すが、どこにもいない。どうやら、どさくさに紛れて、彼もこの場を去ったらしい。


「きっと、どこかへ行ってしまうつもりなんです。私の事なんて、どうでもいいって…そう思っているってことでしょうか?」


今にも泣き崩れそうな彼女の肩に、新藤はそっと手を置いた。


「そんなことはないよ。約束は絶対に守らせるから。行こう、君のお父さんを探しに」


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