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錠本亮二は、崩れるように座り込んだ瀬崎ありすの姿を認めながら、自分の人生は決して不幸なものではなかった、と考えていた。


彼は自分の両親の顔を知らない。意識が芽生えたときから、どこかの山奥で、自分と同じくらいの年齢と思われる少年少女たちと暮らしていた。記憶は定かではないが、その数は十名には満たない程度だったはずだ。

そして、それを管理する大人も十名ほどいた。おそらく、子供たちは自我が芽生える前からこの環境にいるため、逃げ出すという発想に至ることもなく、ただ大人たちの言うことを聞いていた。


そんな閉ざされた世界で、彼らは日々訓練を重ねていた。後になって理解したことだが、それは人を葬るための訓練だった。厳しい日々。喜びのない日々。もちろん、悲しみも苦しみも、理解できなかった。ただ痛みと疲労が続くだけ。

それでも、彼には友人がいた。同じ境遇の少年少女たちと、確かな絆があったのだ。


その中でも、錠本亮二に特別な親しみを見せる少年がいた。少年の名前は満樹。誰よりも優秀な成績を残し、大人たちから最も注目されていたのは、彼だった。


「お前は特別な何かを持っている気がする」

そんな満樹が、なぜか錠本のことを高く評価していた。

「きっと、この生活は崩壊する。最悪に残酷な結末を迎えるだろう。大人たちも、仲間も、死ぬんじゃないかな。それでも、俺とお前は生き残る。そう思わないか?」


満樹が予言のように錠本へ語ったとき、彼らは十歳程度だった。錠本は答える。

「仲間や大人たちが死ぬような状況が本当にやってくるとしたら、僕は生き残る自信はない。でも、満樹なら…確かに生き残れると思う」

すると、満樹はなぜか寂し気に笑った。




満樹が予言した日は、それから二年もしないうちにやってきた。

武装した見知らぬ大人たちが、彼らの生活圏に突然、なだれ込むようにやってきたのだ。


「反撃しろ! 捕まったら殺されるぞ!」


敵の大人たちは、銃を使用していた。大人たちは次々と殺され、いつの間にか仲間たちも血まみれで倒れている。


この襲撃を防ぎ切ることは不可能だ、と早々に気付いた錠本と満樹は、身を隠すことにした。二人は、子供たちが使うベッドが並ぶ部屋に飛び込んだが、そこは身を隠す場所としては、適切とは言えなかった。

ただ、場所を選ぶ余裕はなかったのだ。銃声や悲鳴が少しずつ近付き、二人は焦り始めた。まるで、死神の接近を感じるような恐怖に耐えるようで、気が狂ってしまいそうな感覚を必死に抑え込まなければならなかった。


「駄目だ、このままだと見付かって殺される」

満樹が呟いてから、一分もしないうちに、

二人が隠れる部屋の前に何者かが迫っている気配があった。

「亮二、知っているか?」


青ざめた満樹が、震えた声で囁くように話した。


「外の世界には、神様っていうやつがいて、祈りを捧げれば、どんな願いも叶えてくれるんだってさ。今、俺は何を祈ると思う?」

錠本は首を傾げた。満樹は言う。

「せめて、あのドアに鍵をかけてください、だ」


満樹はそう言って、冷たい笑みを浮かべたかと思うと、その目から涙をこぼした。そんな彼を見て、錠本は思う。


なぜ自分たちが山の中で訓練を続けてきたのか、それは知らない。なぜ今になってその命を狙われているのかも知らない。だが、仲間の中でも最高傑作と言える満樹こそ、生き残らなければ、自分たちの何かが否定されるような気がした。


彼の言う通り、あのドアに鍵がかかれば、自分たちの生存率は僅かながらだが、上がるかもしれない。そう思い当たったとき、彼の中で妙な確信が浮かび上がった。だったら、鍵をかければ良い、と。そして、彼はベッドの影から飛び出し、ドアの前まで駆けると、ノブを握り鍵をかけた。これが、異能力者として彼が目覚めた瞬間だった。


「おい、開かないぞ!」

ドアの向こうから知らない大人の声が聞こえた。

銃声が何度か響き、叩く音も聞こえたが、決してドアは開くことはなかった。

「何をしたんだ?」


恐る恐る満樹が聞いてきたが、錠本は首を横に振った。今のうちに窓の外から逃げよう、と満樹が提案し、それを試してみたが、失敗に終わった。錠本の能力により、その部屋は完全な密室状態に変化していたからだ。


鍵を開けないと。錠本がそう思った瞬間、イメージしてしまった瞬間、ドアが開いてしまった。


知らない大人が部屋に入り、銃を向けられる。錠本は咄嗟に満樹を突き飛ばし、覆い被さって彼を守った。それも、自然と体が動いたのものだった。


銃声が響き、命を失った、と覚悟する。

目を閉じて、痛みを感じる瞬間を待った……が、いつまでも、全身の感覚は何も変わらない。

もしかしたら、気付かぬ間に、死の一歩先へ到達したのだろうか、と錠本は恐る恐る目を開けた。すると、銃口を向けていたはずの敵が倒れていた。


満樹が助けてくれたのだろうか、と彼の様子を見たが、ただ震えて目を閉じているだけだった。

「こっちだ。逃げるぞ」

ドアの付近から声があった。それは自分たちを管理する大人の一人だった。

手に銃を握っているところを見ると、寸前のところで彼が助けてくれたらしい。二人は地獄から生き延びた。




大人に従って、二人は山を下りた。途中で車に乗り込み、移動する。そこで、錠本は大人が怪我をしていることに気付いた。意識も朦朧としているのか、車の運転も蛇行し始め、助手席に座った満樹がそれを支える。


「下りるんだ」

車で三十分ほど移動しただろうか。大人が車を停めた。

「この先に教会がある。話は付いているから、そこで世話になるんだ」


大人は二人の背中を押し、離れたところに見える町へ歩くように促した。だが、困惑して二人が振り返ると、大人は車にもたれるようにして、動こうとしなかった。


大人の息が浅くなっている。こんなとき、彼にどんな声をかけるべきなのだろうか。錠本は答えを知りたくて、満樹の横顔を見たが、彼は静かな視線で大人を見下ろすだけだ。


こんなとき、きっと感謝の言葉を伝えるべきなのだ。錠本は「ありがとう」という言葉に辿り着き、それを発しようと口を開きかけたとき、大人が崩れるようにして倒れた。


錠本は大人の方へ駆け寄ろうとしたが、満樹が腕を掴んで止めた。

「行こう」

錠本は戸惑ったが、満樹に従った。


教会を訪ねると、カソックを着た中年の男が何も言わず、二人を招き入れ、大人の死体も処理したようだった。神父は言った。


「私は彼に君たちを任された」

彼とは、二人をここまで連れてきた大人のことだろう。

「彼はただ任せる、とだけ言ったが、それは君たちに人間らしく生きて欲しい、という意味だと私は捉えている。私は責任を持って、君たちに人はどう生きるべきか教えたい。だから、大人になるまで、ここで暮らしなさい」


錠本と満樹は、お互いの意志を確認するよう、顔を見合った。そして、先に答えたのは錠本だ。

「よろしくお願いします」

神父は頷いた。


「では、これから私たちは家族だ。今日から共に暮らす兄妹を紹介しよう」

神父が呼んだ少年と少女。歳は自分たちと変わらないように見えた。

「こんにちは」


先に少女が挨拶した。

「私は瀬崎ゆりこ。貴方の名前は?」

少女の微笑み。それは、錠本が初めて見る光のようだった。




こうして、錠本は人としての人生を歩み始める。

しかし、満樹は違った。教会の暮らしが始まってから一週間も経つと、彼は姿を消してしまったのである。

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