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「じゃあ、この小屋と教会の扉を完全に封じた犯人は、やはり錠本亮二」
「そうだな」と成瀬が答えた。
「なら、成瀬さんたちが追っている、組織的な異能犯って彼らのことですよね?」
新藤は、教会の庭に転がった、失神した男たちに目をやってから、成瀬に視線を戻した。
「彼らがなぜ瀬崎さんを狙うのか、それは分かりますか?」
「最近、組織は異能力者を誘拐して集めている。何が目的なのか、それは分からないが…」
新藤は「心当たりはあるのか」と、視線だけで瀬崎ありすに尋ねるが、彼女は首を横に振った。今度は成瀬が尋ねる。
「この子は、やっぱり異能力者なのかい?」
「そうみたいです」
そう答えながら、新藤は考える。教会や小屋の扉が開かないよう、異能力を使った犯人が錠本だとしたら、なぜ彼女はそれを解除できたのだろうか。頭に過るものは一つ。
まさか如月と同質のもの?
同じことを考えていたのか、成瀬も俯き加減で黙っていたが、新藤の視線に気付いたのか、取り繕うように表情を整えると、さらに質問を重ねた。
「なら、あの神父の目的は何だ? 組織の一員ってわけではないようだな」
「はい、組織とは敵対しているようです。恐らくは、娘である彼女を守ることがも目的かと」
「しかし、我々を小屋の中に閉じ込めた意味が分からない。何か後ろめたいことがあるんじゃないか」
「それは……本人に聞いてみるしかないでしょう」
瀬崎ありすが不安気を押し殺した表情で割って入った。
「あの人は、優しい人です。少なくとも、私の記憶の中では、昔からそうだった。だから、その…悪意があって、貴方たちを閉じ込めたわけではないと思うんです」
「そうですよ。逆に、成瀬さんと乱条さんのことを組織の人間だと勘違いしたのでは?」
新藤の同意に、成瀬は険しい顔を見せた。
「俺はともかく、確かに乱条のツラは凶悪だからな。悪党に見えると言われても、否定できないことは、俺としてもつらいところだ」
「成瀬さんも十分おっかねぇよ…」と乱条は呟く。
「神父には逃げられたかもしれないが、事情を知っていそうなやつらが、これだけ倒れているんだ。応援を呼んで、全員捕まえてから、じっくりと話を聞くとするか」
成瀬はまたも失神している男たちに目をやった。それに対し、乱条が弾んだ声で付け加える。
「成瀬さん、その事情ってやつを知ってそうなやつが、また増えそうだぜ」
全員が乱条が見る方向へ目をやった。そこには三人の男。明らかに、組織の援軍であるように見えるが…その先頭には神父が立っていた。
「錠本さん……」
呟いたのは、瀬崎ありすだ。彼女が何を胸に抱くのか、新藤は想像しつつも、緊張感を高めて神父たちの接近を待った。
その距離は、あと十歩もない程度に縮まる。神父は新藤たちを一人一人見つめた後、一息を吐いてから口を開いた。
「その娘を渡すんだ」
瀬崎ありすの顔が青ざめるが、神父はさらに一言付け加えた。
「そして、そこに倒れている彼らを、解放してもらう」
その一言によって、神父が組織に力を貸していることは、疑いの余地がなくなった。
「拒否した場合は?」と答える新藤。
神父は表情一つ変えることなく、答えた。
「後悔することになる」
短い言葉だが、嫌なプレッシャーがぬるい風のように漂った。
それに対し、まず前に出たのは、成瀬と乱条だ。
「ちょうどいいぜ、暴れ足りなかったんだ。全員、ぶちのめしてやるぜ」と乱条。
「新藤くん、借りを返す、という意味でも、三下は我々に任せてもらおうか」
それに合わせて、神父の背後にいる、三人の男たちも前に出た。新藤と神父は、彼らの対峙から少し離れた場所へ移動し、一対一で向き合う。
「貴方の目的は、瀬崎さんを守ることではなかったのですか?」と新藤は問う。
だが、神父は堅く口を閉ざし、拳を構えて腰を落とした。語り合う必要はない。そういう意味なのだろう。
「無口なのは良いですが、少しくらい説明しても良いでしょう。特に瀬崎さんに対しては、話すべきことがたくさんあるはずです」
「私にも都合がある。そして、君を倒さなければならない。そういう選択肢しか、与えられていないんだ」
新藤は少し考えを巡らせた後、不敵とも言えるような笑みを浮かべて言った。
「じゃあ、僕が貴方に勝ったら、瀬崎さんとしっかり話すと、約束してください」
錠本も似たような笑みを浮かべる。それは了承の意味であるように見えた。
神父がゆっくりと間合いを詰める。新藤からしてみると、それは巨木が迫ってくるような、息が苦しくなるプレッシャーだ。そのため、新藤は正面から迎え撃つのではなく、神父の横へ横へと移動しつつ、自分の攻撃を当てるタイミングを見定めなければならなかった。
彼を攻略するには、まず足を止めなければならない。スピードで翻弄しつつ、足を刈り取るようにキックでダメージを与える。動きが止まったところで、意識を奪うような一撃を狙うのだ。そんな戦略は先程と変わらない。
だが、だからこそ新藤は、初手は踏み込みつつのパンチを放った。それは、神父にとって奇襲になるはずだった。先程の攻防であれだけ足を狙われたのだ。神父の意識は下に向いて切るはず。そのはずが、新藤のパンチを紙一重で躱した神父は、すぐさま反撃を放つ。
あらゆるものを砕いてしまいそうな拳。スピードも申し分ない。新藤は、すぐに身を退いたが、逃がしてはくれなかった。神父の拳が新藤の頬を捉える。直撃であれば、その瞬間に意識を失っていたかもしれない。ただ、新藤は直前に距離を取っていたため、最大の威力でその一撃を受けることはなかった。それでも、その衝撃は新藤の脳を揺らすには十分だ。
足がもつれる新藤を見て、神父は勝機と見たか、追撃のために接近した。そして、振り回すような拳の一撃で、新藤の側頭部を狙う。
新藤は視界が歪んでも、自分が次に何をすべきか、瞬時に判断していた。身を低くして、神父の拳を掻い潜り、その腰に組み付いて押し込む。神父は突然のタックルに対応できず、そのまま後ろに倒れ込んだ。
新藤は自分の体重で神父の体を抑え込み、拳を何度も振り下ろす。
しかし、神父の腕を振り回しながら、拳の直撃を避け、もがくようにして新藤を振り落とそうとした。その力は凄まじく、新藤も神父の体を御することができない。神父は強引に立ち上がると、すぐさま拳を放とうとしたが、それよりも速く、新藤が蹴りを放った。脹脛を叩くような強烈な蹴り。それを入れると、新藤は素早く離脱する。
攻撃を当てた数で言えば新藤の方が多いはずだが、ダメージで言えばどうだろうか。新藤は呼吸を整えつつ、次の攻防について頭を巡らせたが、そんな余裕もなく神父が距離を詰めてきた。再びあの拳が飛んでくるかのように思えたが…。
「やめてください!」
神父の拳がぴたりと止まった。その声の主は瀬崎ありすだ。
「お願いです、やめてください。どうして錠本さんが、私を助けてくれる探偵さんと戦う必要があるのですか?」
神父の目が、瀬崎ありすの方に向けられた。瀬崎ありすはその視線にたじろぎ、一度俯いたが、迷いを振り払ったかのように、顔を上げた。
「分かっているんです。錠本さんが…私のお父さんなんでしょう? だから助けてくれた…。だったら、探偵さんと戦う必要はないじゃないですか! この人も、私を助けるために戦ってくれているんです!」
新藤は、必死に声を上げる瀬崎ありすから、神父へ視線を戻す。生き別れていたのだろう娘の説得に、引き下がってもいいはずだ。そもそも、この男の目的は何だ。
神父の視線も、新藤の方へと戻る。それは冷たく、娘にかける情もないように見えた。そして、再び拳を構える。新藤も何も言わず、迎え撃つ体勢を取った。
「どうして…」
脱力したように、その場に座り込む瀬崎ありす。彼女は父の真意を知ることができなかった。
「大丈夫ですよ、瀬崎さん」
神父の方を見たまま、新藤は言った。
「僕が勝てば、錠本さんはすべて話すと約束してくれました。話したいこと、聞きたいこと、今のうちから考えておいてください」




