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新藤は、瀬崎ありすの話を聞いて、彼女の失踪事件について調査内容をまとめていたときのことを思い出す。彼女の母親の友人だった女性が、父親は錠本だと証言していたではないか。だとすれば、話し合えば分かってもらえるかもしれない。彼がもし犯罪者で、瀬崎ありすのことを表立って守れないのであれば、その役目を引き継ぐと約束しよう。
彼女を狙っている謎の集団を一緒に撃退できるかもしれないし、その正体ついても何かを知っていることもあるはずだ。
「よう、新藤。どうも世話かけたみたいじゃねぇか。助かったぜ」と乱条が声をかけてきた。
どうやら、瀬崎ありすの話を聞いている間に、謎の集団を制圧してしまったらしい。
「いえ、僕は何も…。ほとんど奏音さんの活躍ですよ」
「ふーん、あのガキがねぇ」
乱条はどこか不服そうに呟きながら、視線を移動させた。
その先には、奏音に何やら詰問されている、成瀬がいた。少し離れているため、はっきりとではないがそのやり取りが僅かながら聞こえてくる。
「一晩も密室で二人きりでも、何もなかったと、私の目を見て言えるのかしら!」
「あるわけがないだろう。誰があんな暴力女と」
「だったら私の目を見て、そう言って見なさい。その後は、妃花の前で何もなかったと、誓って何もなかった、と言ってもらいますからね」
「なんでそんな面倒なことを」
「なぜかって、私を納得させるために決まっているでしょう」
決して激しい口調ではないが、確かに怒りがこもっている奏音。それに対し、成瀬は呆れ顔であるが、放り投げることなく、しっかり受け答えている。
異能対策課の力関係は、いったいどうなっているのだろうか。新藤は、呆然としながらその様子を眺めていると、乱条が「なぁ、新藤」と再び声をかけてきた。
「お前さ、奏音から何か変なこと聞いてないか?」
「変なこと?」
「まぁ…何て言うか、変わっているガキだから、妙なことを口走ることが多くてさ。例えば、成瀬さんの名前について、何か言っていなかったか?」
本人としては探りを入れているつもりのようだが、自分の名前が新藤に知られたのではないか、と恐る恐る聞いていることは間違いなかった。
「何も聞いていませんよ」
真顔で答える新藤を、乱条は真意を探るように見つめるが、安心したような笑顔を見せた。
「そうかそうか」
新藤は必要以上に真面目な顔を作っていたが、乱条はそれが本心だと信じたらしい。
「新藤くん、奏音から聞いたよ」
奏音の詰問が終わったのか、今度は成瀬が声をかけてきた。
「本当に助かった。葵さんは一緒じゃないのかい?」
「如月さんは別行動です。しかし、これはどういう状況なんですか? なぜお二人が、あんな小屋の中に閉じ込められていたのでしょうか?」
「君には関係ない、と言いたいところだが」
成瀬は肩をすくめてから続ける。
「助けてもらった礼として、こちらの知っている情報は話さなければならないな」
成瀬は多くの異能犯罪を追っている。その中で、組織的な異能犯罪が行われていることに気付いた。その組織を追ったところ、この教会のある町に辿り着く。
奇跡の教会。恐らくは異能力によって封じられているこの教会に、組織が興味を持っているらしい。成瀬は、乱条と奏音を連れてその町へ行き、その教会がどのようなものなのか調査することにした。そこで現れた人物が錠本亮二である。もちろん、この町の神父である錠本が、教会に奇跡を起こした人物であろう、第一の容疑者ではあった。ただ、好戦的に接するわけではなく、まず話を聞いてみることにした。
「ここの教会、何年も扉が閉ざされていると聞いていますが、何か知っていることはありますか?」
「私が神父としてこの町を訪れたとき、すでにこの状態でした。何があったのか、私は知りません」
「最近、この教会の近くで不審な人物を目撃しませんでしたか? あるいは、貴方に接触してきたことは?」
すると、神父は無表情で数秒黙った。何人もの犯罪者を相手に、心の機微を読み取ってきた成瀬ですら、その表情から何かを理解することはできなかった。
「実は…見ていただきたいものがあります」
神父は神妙な顔つきで、やや声を落とした。成瀬はそれが不吉なものだと感じ、振り返って後ろの乱条に目配せする。乱条は意図を理解し、警戒心を高めたようだった。
神父に従ってやってきた場所が、あの小屋。彼は扉を開けると「どうぞ中を見てください」と促した。成瀬は目で合図し、乱条に中の様子を見るよう、指示を出す。乱条は一瞬だけ顔をしかめたが、渋々とそれに従った。
成瀬は神父が妙な動きを見せないか、彼のやや背後に立ち、状況を見守るつもりだったが…それは突然だった。
乱条が小屋の中へ入り、数歩進んだ瞬間、神父は成瀬の腕を取ると、関節を極めつつ、小屋の方へ押しやった。乱条は瞬時に異常を察し、振り返ったが、そこに押し出された成瀬が突っ込んできた。乱条は成瀬を受け止め、すぐさま神父を追おうとしたが、扉が閉ざされ、それが阻まれる。
「こんな薄っぺらい扉で、どうにかなると思うなよ!」
乱条の強烈な蹴りが扉を破壊するかと思われたが…。
「……なんだ?」
その扉を蹴り付けても、妙な手応えが返ってくるだけだった。
「何をしている、乱条! やつが逃げるぞ」
「分かっているけどよ、何かがおかしいぜ」
今度は成瀬が扉を開けようとするが、結果は同じだった。
背負っていたバッグから鉄球を取り出し、異能力によってそれをぶつけてみたが、その扉を傷一つつけることすら敵わなかった。
「これはもしかして…」と成瀬は呟く。
「異能力かよ」と乱条が吐き捨てた。
二人はそこから一晩中、扉の破壊に時間を費やしたが、成果は何一つなかった。
「後は外に残った奏音が何とかしてくれることを願うしかないな」
成瀬の言葉に、乱条は顔をしかめた。
「あのガキには何ができるんだよ、成瀬さん」
「そう言うな。まだガキってことは確かだが、有能なことは確かだ。待っていろ、すぐに出られるさ」
「どうかなぁ…」
その議論、正しかった方は言うまでもなく、成瀬だった。




