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瀬崎ありすの母がこの世を去ってから、一ヵ月ほど経過してから、彼女は妙な視線を感じることが多くなった。振り返っても誰もいないし、心当たりもない。気のせいだ。そう言い聞かせたが、危険は確かに迫っていた。


ある日、アルバイトを終え、帰宅しようと歩いていたときのことだった。夜も深い時間で、普段から人通りの少ないその道は、さらに静まり返っていた。そこで、最近感じていた、あの妙な視線を感じて振り返ってみたが、そこには闇が伸びているだけ。やはり気のせいか、と少し歩みを進めたが、前方に黒いバンが止まっていることに気付いた。


嫌な予感がする。ただ、自分のような平凡な人間に、非日常的な危険が迫ることがあるだろうか。そんなことを考える時間があれば、すぐに踵を返し、走り出せば良かったのかもしれない。しかし、彼女はどこにでもいる、普通の学生でしかなかったのだ。


バンの扉が勢いよく開き、目出し帽をかぶった男が数名、飛び出してきた。瀬崎ありすは突然の出来事に体が固まり、動くことすらできない。男たちは一切の無駄なく、瀬崎ありすに接近すると、彼女の自由を奪い、バンの方へ引きずり込もうとした。抵抗は、殆ど意味をなさない。悲鳴すら上げることもできなかった。


彼女がバンに放り込まれると思ったとき、体の一部が自由になった気がした。数名に抑えつけられていたが、一人が手を離したらしい。何やら男たちが罵倒を浴びせあったかと思うと、今度こそ体が自由になった。


何が起こったのか。辺りを見回すと、巨木を思わせるような、四十代と思われる男が立っていた。

「逃げるぞ」

男は瀬崎ありすの手を取って走り出す


。突然現れた男が信用できるのか、そんなことは分からない。それでも、男の手の温かさに安心を感じていることが不思議だった。


その日は、男がビジネスホテルで二部屋取り、そこに泊まった。がチェックインの際に名を書くところを盗み見すると、錠本亮二、と記されていた。


錠本亮二。その名前は、僅かだが記憶の中に残されていた。幼少期、よく遊んでくれた「りょうちゃん」が、確かそんな名前だったはず。いつだか、母に聞いた。


「私のパパは、りょうちゃんなの?」


何度か尋ねたその質問に、母はただ笑顔を返すだけだった。確か、その質問は錠本本人に対しても聞いたかもしれない。そのとき、彼はどんな顔をしただろうか。

そんな記憶に戸惑いつつ、瀬崎ありすは自分の身に何が起こっているのか、錠本に何度も尋ねたが、彼はまともには答えてくれなかった。


「確かなことが分かれば、しっかりと説明する。とにかく、君に危険が迫っていることは間違いない。まずは安全を確保することだ」


瀬崎ありすは、もう一つ聞きたいことがあった。貴方が私のお父さんですか、と。しかし、この異常な事態について沈黙を貫く錠本に、そんなことを聞くことはできなかった。




何日かホテル暮らしを続けた後、錠本は瀬崎ありすを連れて、山の上にある小さな町へ移動した。一晩、小さな一軒家で過ごしたが、その間、錠本は出掛けていたようだ。


「君に見せたいものがある」


次の日の朝、そう言って錠本が案内した場所こそ、あの教会だった。彼が何を語るのか。そんな期待を抱きながら教会を見上げるが、彼は別の約束があるらしかった。


「すまないが、近所に住んでいる倉本さんと約束がある。階段の手すりを付ける手伝いをする、と先週から約束していたんだ。すぐ戻るから待っていてくれ」


カソックに着替えた錠本は、町の方へ歩いて行く。彼は神父なのか、と意外に感じながらそれを見送った。


一人になって、瀬崎ありすは教会の中が気になって仕方がなかった。きっと、ここに自分の出生の秘密がある。そして、自分と錠本の…いや、自分と父の関係が明白になるはずだ。瀬崎ありすは五分と待つこともできず、教会のドアを開いた。ドアノブを回すとき、何か引っかかりがあるように感じたが、それは些細なものでしかなかった。


教会は掃除が行き届いていた。きっと、神父である錠本が頻繁に掃除しているのだろう。奥の部屋に自分に関係するものがないか探していると、棚の上に写真立てがあった。そこには、二人の子供が映った写真が。一人は自分の幼少期によく似た少女。もう一人の少年は…錠本の面影があるような気がした。


「やっぱり、そうなんだ…」


瀬崎ありすは確信した。錠本亮二は、自分の父親だ。母親がこの世を去ったタイミングで、自分の娘に何らかの危険が迫っていると知った彼は、私を助け出しに来たのだ。


でも、そうだとしたら…どうして、説明してくれなかったのだろうか。それに、変な男たちに追われていることだって、警察に相談すればいいことだ。わざわざ、こんな場所に隠れるなんて…彼にはそれができない理由があるのか。例えば、彼自身も犯罪者である、とか。だから、父親だと名乗り出ることができなかったのかもしれない。


ならば、自分は別の犯罪に巻き込まれる恐れもある。彼の目が離れた今こそ、一人で逃げるべきではないか。そんなことを考えていると、錠本を信じて良いのか、分からなかった。でも、事実を知りたい。


そんな葛藤で頭がいっぱいになったころ、ボランティアのアルバイトでたまに見る不思議な雰囲気を持った女の子と、探偵を名乗る謎の男が、教会を訪ねてきた。

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