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「成瀬さんと、乱条さん…?」
新藤は、小屋から出てきた二人組を見て、ただ呆然と立ち尽くした。彼らは、新藤が良く知る人物だ。夜の仕事が似合いそうなスーツ姿の男は成瀬。チンピラ風のスカジャンを着た金髪の女は乱条。どちらも、警察公安部異能対策課の人間であり、如月探偵事務所にとってはライバルとも言える存在だ。そんな彼らが、どうしてこんなところに…。そして、彼らを探していた少女佐藤は、何者なのか。
「あ、そうだ」
そんなことを考えている暇はない。少女佐藤と瀬崎ありすが謎の集団に拉致される寸前だったのだ。新藤は男に担ぎ上げられた少女佐藤を救うために駆け出そうとしたが、彼の出る幕はなかった。
どこからかやってきた、ボーリングの球のような球体が、少女佐藤を連れ去ろうとする男の背中に、勢いよくぶつかった。重々しい球体が凄まじい勢いで衝突したのだから、その痛みも凄まじいものだっただろう。男は崩れるように倒れた。拘束が解けた少女佐藤は華麗に着地すると、声を上げる。
「三郎、あっちも!」
少女の声に反応するように、球体が宙を駆け、瀬崎ありすを捉えようとする男に喰らい付いた。鉄球の一撃に、その男も崩れ落ちる。それは、成瀬の異能力だ。成瀬は球体のものであれば、自由自在に操る力を持っていて、こういった場面では複数の球体を操って、敵を制圧する。基本は二つの球体を操る成瀬だが、今日は一つ多かった。
突然の異能力による攻撃に動揺しつつも、成瀬と乱条に注目する謎の組織の男たち。彼らに対し、成瀬は声高らかに宣言した。
「お前らが何者かは知らない。それは、どうでもいい。ただ、感謝する」
成瀬は悪意に満ちた目付きで、自分を取り囲む男たちを睥睨した。
「俺たちの怒りの捌け口になってくれるみたいだからな!」
「やるぜ、成瀬さん!」と乱条が続いた。
そこからは、巨大な自然災害が発生したかのように、謎の組織の男たちは屠られていった。まず、成瀬を中心に三つの球体が凄まじい勢いで歪な円を描いた。その軌道は不規則のように見えたが、確実に敵を狙って行く。それは、まるで意思のある竜巻だった。
そして、その竜巻の中を縦横無尽に駆け回る乱条。竜巻から身を守るだけで精一杯である彼らにとっては、何があったのか理解する前に、乱条という死神に命を奪われるようなものである。
成瀬の動きに乱条が合わせているのか。それとも、乱条が成瀬を理解しているために動き回れるのか。それは分からないが、完璧なコンビネーションであることには間違いない。
新藤は、そんな嵐のような二人の猛攻を掻い潜りながら、少女佐藤と瀬崎ありすを救出し、少し離れた安全地帯に腰を下ろした。
「三郎くんと妃花ちゃんが、成瀬さんと乱条さん…ってこと?」
新藤は隣に座っている少女佐藤に尋ねる。
「世話になったとしても新藤には余計なことを言うな、って三郎に命令されている」
その回答から、新藤は一つの結論に辿り着く。
「もしかして…奏音さん?」
そう言って改めて少女佐藤の顔を見る。彼女はどこか気まずそうに顔を逸らした。
成瀬をリーダーとした異能対策課は、彼の指揮のもと、二人の人間が所属している。まずは乱条。まるで、獰猛な獣のような戦闘力で、荒事が担当と言える。そして、もう一人が奏音と呼ばれる女性だった。彼女はその目で見た異能力者の現在位置を把握する、という脅威的な力を持ち、新藤自身、何度もそれに手を焼き、助けられることもあった。ただし、その姿は一度も見たことがない。そんな謎の人物だった奏音が、まさかこのような少女だったとは。
「いや、それも驚きなんだけれど…」
新藤は暴れ回る成瀬と乱条に目を向ける。
「三郎って、そんな古風な名前だったんだ」
まるで、夜の仕事で大金を稼ぎだしそうな、甘いマスクの成瀬。そんな彼からは、あまりに連想できない響きを持った名前ではないか。
「乱条さんに関しては、名前で呼んだら、それだけで殺される気がする」
新藤は思わず息を飲んだが、暴れ回る乱条を見ると、なぜだか笑いが込み上げてきた。
「あの、すみません」
いくつもの驚きに感情の整理が追いつかない新藤に、突然声をかけたのは、瀬崎ありすだ。少女佐藤…奏音から聞きたい話が山ほどあるが、新藤にとっては彼女についても気になることがあった。
「助けてくださって、ありがとうございました」と瀬崎ありすは頭を下げる。
「もう安心です。あの神父が現れても、必ず僕が守りますので」
しかし、彼女は首を横に振る。
「違うんです、あの人は…錠本さんは、私を誘拐したわけではありません。いえ、その…違うと思うんです」
「……どういうこと、ですか?」
瀬崎ありすは自分の身に起こったことを語り出した。




