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「二人とも、ここから離れて」

新藤は、瀬崎ありすの背を押して、少女佐藤と逃げるように指示を出した。戸惑う瀬崎ありすだったが、少女佐藤の判断は早い。彼女は瀬崎ありすの手を取ると、教会の裏の方へと走った。カソックを着た神父は、それを追おうと走り出そうとしたが、新藤はその進行を妨げた。


「彼女は渡しません」


新藤を目の前にして、神父は僅かに眉を動かしたようだったが、大きな動揺は見られなかった。誘拐という悪行が他人に暴かれたにも関わらず、この冷静な態度は不気味である。

新藤は神父に対し、冷静かつ寡黙に悪を遂行するようなイメージを抱いていたが、意外なことに彼の方からコミュニケーションを取ってきた。


「満樹の仲間か?」

「満樹?」


聞き覚えのない名前だった。新藤が頭の中で、その名を検索していると、神父が教会の方を見て、僅かに目を細めた。


「なぜ、扉が開いている?」

「あれは噂通り、開かないはずなのですか?」


質問を質問で返す新藤。だが、神父は何かを知っているはずだ。

「奥にある小屋も…?」

その質問に、神父は僅かに目を細めた。瀬崎ありすとは違う。三郎と妃花が閉じ込められている、あの小屋について何かを知っているようだ。


しかし、次の瞬間、神父の拳が飛んできて、新藤の顔面を狙う。強襲とも言える一撃だったが、新藤は積み重ねた経験によって反応し、それを腕で防いだ。そして、その威力から神父が只者ではないことを理解する。


神父の追撃は左の拳。真っ直ぐと新藤の顎を狙っていた。新藤は上半身を横に傾けそれを躱しつつ、反撃の拳を放つ。カウンターの拳が神父を捉えると思われたが、彼も首を捻ってそれをやり過ごした。


お互い、相手の危険度を察して距離を取る。新藤は改めて神父の体つきを確認した。新藤よりもやや身長が高く、体の厚みもあるように見える。その辺の相手であれば、体格差があっても、技術で上回るが、この神父に関しては簡単な話ではないようだ。


新藤は相手の技量を図るように、ステップを踏みながら、フェイントを見せつつ、神父を中心に円を描くように移動した。それに対し、神父はガードを固め、新藤に背を見せないよう、体の向きをかえ続ける。何度か新藤が拳を動かし、パンチのフェイントを見せると、神父は確実に反応を見せた。つまり、新藤がスピードで撹乱し、神父はカウンターを決めるために踏み込みを待つような状況だった。


最初に攻撃を当てたのは、新藤だった。新藤は踏み込みながら、パンチのフェイントを見せつつ、神父の脹脛を側面から刈り取るような蹴りを放つ。パンチのフェイントにより、意識が上に向いていた神父は、それを受けるしかなかった。直撃。確かな感触があったが、神父の右の拳が豪快に振り回されていた。新藤は左のこめかみに、相手の殺気が突き刺さったことを感じつつ、距離を取る。神父の拳の威力を鼻先で感じるほど、ぎりぎりの回避だった。


紙一重ではあるが、今の攻防だけで言えば、新藤の勝利と言えた。新藤は再びステップを踏みながら、次の一撃のタイミングを計りつつ、神父のダメージ具合を見たが、彼は顔色一つ変えることはない。


しかし、新藤は理解している。今の攻撃を続けて、足にダメージを蓄積させれば、立つこともできない状況まで追い込める、と。パワーでは劣るが、確実にスピードで勝っている。ミスさえなければ、勝つことはできるはずだ。


新藤は同じように、パンチのフェイントを見せつつ踏み込んだ。今度もパンチではなく脹脛を狙った蹴りを放つが、神父の反撃は先程よりも速かった。神父は蹴りを受けながらも、拳の反撃を放つ。新藤は、反射的に腕で顔面を守ったが、その威力に体が後ろへ流れた。バランスを崩した新藤へ、神父は距離を縮めつつ追撃の拳を放った。新藤は辛うじてそれを躱しつつ、戦況を立て直すためにも、大きく距離を取った。


かなり危険な攻防だったが、ダメージは神父の方が大きいはず。新藤は呼吸を整えつつ、再びステップを踏んで、次はどのような攻め方が有効か考えた。


神父の動きが変わる。先程までは、新藤の踏み込みを待つだけの姿勢だったが、今度は少しずつ距離を詰めてくる。まるで、新藤の攻撃を少しも恐れていない、とでも言うように。これまでの攻防に比べ、距離が近い。新藤は自分の距離感に再設定すべく、後ろに下がろうとか、と躊躇したとき、神父は勢いよく踏み込んできた。


神父から放たれる強力な一撃の恐ろしさは、既に新藤の中に刻み込まれている。そのため、反射的に後退するしかなかった。神父は手を出すことなく、ただ後退する新藤を見ていたが、それでも手応えを感じたようだった。


神父の圧力を感じ続けることは危険だ。新藤がそう判断したとき、再び神父が距離を詰めようとした。新藤はパンチのフェイントを見せつつ踏み込み、またも蹴りと見せかけて、今度こそ拳で神父の顎を狙う。ただ、神父は腕でそれを防ぐと、即座に反撃の拳を放ってきた。新藤は腕で受けて直撃を防ぐが、ガードの上からでも、脳を揺らされるようなダメージを感じた。これ以上、近距離の闘いは危険と判断した新藤は、すぐに離脱を試みるが、神父はすぐに詰め寄ってくる。


こうなってしまうと、新藤は最初の数回と同じように、踏み込んでから打撃を放つという戦法を取りにくくなってしまう。やりにくい。そんな気持ちだけが膨れ上がり、神父の存在が、迫る大きな壁のように感じてしまった。


神父の攻略法を考えあぐねる新藤の視界の隅に、駆けまわる少女佐藤の姿があった。何やら慌ただしい様子で、こちらに向かって何か叫んでいるようにも見える。


「ん?」


新藤が目を凝らすと、そこをチャンスと見た神父が踏み込もうとしたが、それを制止するような悲鳴があった。それは瀬崎ありすのものだ。神父もそれに反応し、何があったのか、と振り返って確認していた。


「新藤、助けてー!」


少女佐藤の声だ。少女佐藤と瀬崎ありすが、数名の男たちに追われている。何があったのか、それは分からないが、新藤にとって依頼人と救出すべき女性が危機にある状態であり、神父との戦いを続けている暇ではなかった。


神父の横手を通り過ぎ、走り出す新藤。しかし、彼女たちとの距離は遠い。ここから全力疾走したところで、追いつくことは難しいだろう。走り出した新藤は、背後から神父が追ってくるだろうか、と気になったが、その様子なかった。

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