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少女の誘導に従って、車を移動させると、次第に山道へ入って行く。
「もしかして、君はこの山を一人で下ってきたの?」
新藤は少女に尋ねる。彼女の靴に付着した泥のことを思い出したのだ。
「うん。山を下りて、さらに最寄りの駅まで歩いた。そこから電車で移動。お金が足りたことは、本当にラッキーだった」
「近くに大人はいなかったの?」
「誰に頼れば良いのか、分からなかった」
「三郎くんと妃花ちゃんがいなくなる前、どういう状況だったの?」
「私は二人に付いて行っただけだから」
新藤は、どのような質問を投げかければ、この少女からまともな情報を引き出せるのか考えあぐねていた。だが、そうしている間に、彼女は「そろそろ、二人が消えた当たり」と到着を知らせてきた。
車を停めると、少し離れた場所に民家とは思えない建造物が見えた。
「あれは、教会かな」と新藤は呟きながら、車を降りる。
白い外壁に、三角形の屋根の上には十字架。二階には窓が二つ並び、その上にステンドグラスの窓。三階建てか、もしくは屋根裏部屋があるのかもしれない。
「あの敷地内で二人が消えたの」
いつの間にか、少女も車を降りていて、教会の方を指差した。新藤は彼女の指先を追うようにして、改めて教会を見た。子供が二人消えた場所、と聞くと、そこは不気味な雰囲気を放っているように思える。
「君も、あの中に入ったの?」
「入ったのは二人だけ。私はちょうどこの辺りで待っていた」
とにかく、教会の敷地内を調査するしかない。新藤は教会の管理者に許可を取ることにした。
教会を囲う塀に設置されたインターフォンを押そうと指を伸ばすと、ちょうど中から人が顔を出した。
「あ、すみません!」
新藤が声をかけると、その人物がこちらを向いた。若い女性だったが、こちらを見るなり一度扉を閉めてしまった。何か恐れを感じているようだったが、不審者に見えたのだろうか、と新藤は少しだけ落ち込む。
「今の…」と隣の少女が呟いた。
新藤が少女に何か気になることでもあったのか、と問いかけようとすると、教会の扉が再び開き、先程の女性が顔を出した。歳は二十代前半。もしくは十代後半か。何となく控え目な印象だ。そして、その女性はこちらを見て、確認するように言った。
「佐藤さん…?」
少女が頭を下げる。頑なに名乗らなかった少女だが、どうやら佐藤と言うらしい。
「知り合いなの?」
「ボランティアでよく施設にくる人」
両親がいない、と少女佐藤は言っていた。つまり、彼女は施設で暮らしていて、教会から顔を出した女性は、そこにボランティアで訪れる、ということだろうか。
「どうしたの、こんなところで。その人は…?」
不安気な顔を見せる女性の質問に、少女佐藤は答える。
「三郎と妃花を探しているの。こっちは新藤。私が雇った探偵」
三郎と妃花という名前に聞き覚えはないのか、女性は首を傾げた。
「すみません。僕は探偵をやっているものです」と新藤が名乗る。
「はぁ」
理解できない、というよりは、どこか疑いの眼差しを受ける新藤。
「彼女から、友人がこの辺りで失踪したから探してほしい、と依頼を受けて、この辺りを調査しています。もしよろしければ、少しだけ敷地内に入って、周りを調べさせてもらえないでしょうか」
女性はどうも困惑している様子だった。新藤は何か困ったことでもあるのか、と質問しようと口を開きかけたが、そのタイミングで女性が答えた。
「えっと…たぶん、大丈夫だと思います。調べてください」
「良かった。何か気になることが出てきたら、後で質問してもよろしいでしょうか?」
「……わかりました」
「ありがとうございます」
「はい。それでは」
女性はすぐにドアを閉めてしまう。彼女の態度にいくつかの違和感はあったが、まずは少女佐藤の依頼を優先すべきだ。
「許可をもらったから、取り敢えず探してみようか」
新藤の提案に、少女佐藤も頷いた。
教会の敷地は思ったより広かったが、管理が行き届いているわけではなかった。藪に覆われてしまっているエリアもあり、少年少女であればしっかりと隠れられるような土地ではある。何らかの事件に巻き込まれていなければ…と考えていると、少女佐藤に呼ばれた。
「新藤、こっち」
探し始めてから、まだ数分程度でしかなかったが、彼女はそれを見付けた。藪の奥にあった小屋。小屋、と言っても慎ましい生活であれば十分暮らせるほどの大きさはある。物置だろうか。
「この中にいる」と少女は言う。
「いるって、三郎くんと妃花ちゃんが?」
頷く彼女は確信しているように見えた。なぜ、確認できるのか、不思議に思うところだが、新藤は疑問を持つことはやめている。彼女が言うのだから、何かがあるのだろう、と判断するしかなかった。
小屋の正面にあるドア。新藤はそれに手をかけた。
「あれ?」
しかし、ドアは固く閉ざされていた。妙な感触だ。鍵がかかっている、というよりは、ドアノブが回らないよう、何かで固定されているような…。
「おかしいな」
ドアをノックする。それは、試しにやってみよう、という程度のものだったが、思わぬ反応があった。
まるで、ハンマーで叩いたかのような衝撃音が返ってきたのである。これには、新藤は目を丸くして、ドアを暫く見つめてしまった。確認するよう、少女佐藤に目をやると、彼女は「だから、中にいると言っただろう」という視線だけを返すのだった。
それから、何度か内側から衝撃音が立て続けに聞こえてきた。それは明らかに「出してほしい」という主張だ。
「三郎くん、妃花ちゃん! ドアを蹴破るから一度離れて!」
音が収まったことを確認してから、新藤は思いっ切りドアを蹴り付けた。後で弁償すれば良い…と思ったが、ドアからはコンクリートの塊でも蹴り飛ばしたような感触が返ってくるだけだった。
どう考えても、くたびれた小屋だ。ドアだって木製で、ちょっと力の強い人間であれば、簡単に破壊できそうなものだが…。そこで、新藤はこの異常は何を原因としているのか、一つ思い当たるのだった。
「……もしかして」
異能力によるもの。その言葉は心の中だけで呟いた。




