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新藤と如月は、屋敷から少し離れた場所に位置する森の方へ向かった。流星会の一行を追えば、自然とあの少女の居場所が分かるだろう、という判断だった。森の中は死の気配と血の匂いで充満していた。きっと、地獄の入り口とはこのような雰囲気なのだろう、と新藤は思った。


「如月さん、僕から離れないでください」

「分かっている」


この空気に、流石の如月も恐怖を抱いているように見えた。新藤は慎重に、だが決してゆっくりと言うわけではなく、森を進んだ。何度か男たちが呼び合うような声が聞こえたが、少しずつ静寂が勝って行く。どうやら、流星会の一行は少女によって、一人ずつ消されているらしい。実際、林を進むと少しずつ死体と出会った。五分も歩くだけで、十近くの死体を見ている。暗闇でなければ、その数は倍になるかもしれない。


新藤は足を止める。この森が死の気配に包まれた原因の一つを、目にしたのだ。そこにあったのは、老人の亡骸だった。ホン・ウーヤーと呼ばれた伝説の暗殺者。その最期が、どうやらこの森の中だったらしい。だとしたら、少女は復讐のため、この森を血で染めているのだ。


新藤は老人の亡骸に近寄る。手を合わせるつもりはなかったが、その最期をしっかりと目にする義務があると感じたのだ。目の前で片膝を付き、老人の状態を確かめる。老人は木にもたれた状態で、眠るように死んでいた。死んでいたように思えたが…。


突然の吐血と共に、老人がその顔を持ち上げた。老人は新藤の顔を認識しているのか、うつろな目で見つめてくる。何かを伝えようとしているようだ。新藤は耳を寄せる。


「そうだ。あの娘を…クレアを頼む。人の道を歩ませてやってくれ」

奇跡的に息を吹き返した老人に、新藤は真っ直ぐな目で向かい合う。

「最初から、そのつもりです」


老人は新藤の答えに、満足したのか、それ以上、何も喋ることはなかった。徐々に重力が強まったかのように、老人の頭が垂れる。新藤は数秒彼の前に止まったが、やがて立ち上がった。

「行きましょう、如月さん」

新藤が振り返り、歩み出そうとしたとき、どこからか悲鳴が聞こえた。この森に、また死体が一つ増えたのかもしれない。


「圧倒的のようだな、あの娘」

「そのようですね」

「伝説の暗殺者の弟子…それだけが、この強さの原因だと思うか?」

「……それは、どういう意味ですか?」




能力を発動させた、暗殺者の少女にとって、この森はうってつけの場所だった。裕福な家で生まれた少女が、暗殺者に拾われ、成長した。そんな彼女が持つ異能は、偶然にも、一切の気配を消失させるというものだった。


その異能は、例え同じ空間に彼女と二人きりになったとしても、視界の中心で捉えていない限り、存在を忘れてしまうほどだ。いや、むしろ存在そのものを限りなく希薄にするもの、と言うべきだろうか。その証拠に、遮蔽物が多い夜の森では、彼女の存在を捉えられるものはいない。


伝説の暗殺者である、ホン・ウーヤーと呼ばれた老人ですら、本気で身を隠した彼女の気配を察することはできないだろう。また、彼女は自分の気配を消失させると、反動のように他人の気配に対して恐ろしく敏感になった。普通であれば、感知できないほど遠くにある気配を捉えらえるほどに。


そのため、流星会の一行は、何が起こっているのか、理解することもなく、次々と命を落とした。少女は敵の気配を察知すると、音もなく目標の背後に回り、または木の影に身を隠し、暗闇と同化することで、簡単に敵の不意を取ることができた。


二十名を超える、流星会の一行だったが、最後の護衛を今、ナイフによる一刺しで命を奪った。最後の護衛は、勘が良かったのか、もしくは運が良かったのか、完全に接近し切るまえに振り返られてしまった。それでも、距離は十分。いとも簡単に仕留められた。ただ、この森全体に響き渡るような、断末魔の叫びを許してしまう。


とは言え、残るは二代目の少年一人である。偉そうなだけで、何もできない子供だ。きっと、一人で車に辿り着くこともできないだろう。少女は森の中を駆けた。それは音のない風が突き抜けるようだった。


少女は、すぐに二代目の背後を捉えた。手下たちを葬ったように、パニック状態で右へ左へと視線を巡らす彼の背中へ近付く。後は一刺しで終わることだが…。この男のせいで、先生が死んだのだ。ただ、殺すわけにはいかない。


少女は二代目の背後を難なく取ると、襟首を掴みつつ、足払いで倒した。さらに、間髪入れず馬乗りの状態になると、ナイフの切っ先を二代目の瞳の数ミリ前に突き立てた。


「よくも先生を殺したな」

「先生? あのジジイか。知ったことないな。俺は、あんたさえ手に入れば良い」


意外なことに、二代目は目の前にナイフの切っ先があっても、狼狽することはなかった。


「あの夜も、こんな感じだったなぁ。あんたがナイフを俺に向けられて、その後ろでは月が光っていた。俺はそれまで月の光が大好きだった。でも、あのときから…月がどうしてもちっぽけに見えてな。どうしてだと思う?」


問われても、少女は答えなかった。それは彼にとって、どうでもいいことらしく、マイペースに続ける。


「月よりも、あんたのその青い目が本当に綺麗だったからさ。ずっと忘れられなかった。俺はあんたに見つめてもらうためなら、何でもする。今だって、その目に俺が映っていると思うと、興奮して頭がおかしくなりそうだ。あそこも爆発しそうなくらいだよ。なぁ、どうだ。一生不自由させない。あんたのためなら、金をいくら使っても良い。俺の傍にいてくれよ」


恐怖ではなく、興奮で息を荒くする二代目に、少女は軽蔑の視線を送り、呟いた。

「ゲスが」

「あんたが俺の意志に従わないって言うなら、その目をくり抜いてやるだけだ! それだったら、文句何て言えないよな!」

声を上げる二代目を見て、まずはその目を潰してやろう、と決意した。いざ実行に移そうとしたとき…。


少し離れた場所で気配があった。自身の気配がないゆえに、他人の気配に敏感である、彼女の異能だからこそ察知できた気配だ。しかも、それは老人の亡骸を残した場所に近い。誰が近付いたのかは分からない。だが、老人の亡骸に指一本触れて欲しくなかった。少女は二代目から離れると、すぐに気配の方へ駆け出した。

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