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「流星会の二代目だな。警察だ、大人しくしろ」
成瀬に向けられる銃口は五つ。それでも、成瀬は少しも動揺しない。むしろ、余裕の表情だった。
「三秒以内に銃を置け。そうすれば、痛い目には合わずに済む」
成瀬の警告に従う者はいない。
「撃て」と少年…二代目の指示が出る。
だが、銃声は響かなかった。流星会の一行が立つ横手から、猛スピードで動く何かが、彼らに襲い掛かったのだ。それはボウリングで使われるような鉄球だった。明らかに重みのある鉄球だが、縦横無尽に空中を動き、流星会の一行を端から叩いて行く。しかも、それは一つだけでなく、二つ三つと現れた。
「撃て、撃て!」
二代目が叫び、立て続けに銃声が響いた。謎の球体による襲撃は、彼らの冷静さを奪い、混乱に陥れる。そのため、ホールに弾丸が飛び交い、新藤の足元でも火花が散った。新藤は慌てて物影に隠れ、背後にいた老人の様子を窺ったが…。
「まさか…」
そこには誰もいなかった。新藤は流れ弾がこないことを祈りながら、慎重に物影から顔を出して階段の方を確認する。そこには、覚束ない足取りで階段を上がる老人の姿があった。
老人の姿を見て「先生」と呟く少女。新藤の位置からは聞こえなかったが、そのように唇が動いたように見えた。どうやら、老人はこのどさくさに紛れて、少女と一緒に逃げ去るつもりらしい。新藤は、すぐにでも後を追いたかったが、飛び交う銃弾がそれを阻む。
老人は何とか少女の前に辿り着き、拘束を解こうとしていた。逃げられてしまう。だが、新藤が懸念することは、それだけではない。
「おい、逃がすな!」
二代目の声である。新藤の悪い予感は的中してしまった。二代目が率いる男たちのターゲットは、飛来する球体から、少女に変わる。
「やめろ!」
新藤がどれだけそれを願ったとしても、現実は無常である。銃口は彼女たちに向けられ、容赦なく弾丸が放たれて行った。
少女の顔が血潮で赤く染まる。少女はこの世界の終わりを見たように、凍り付いた表情で停止したが、その赤は彼女によるものではなかった。少女が「どうして」と呟いたように見えた。
「誰が撃てと言った。あの女を殺したら、お前ら全員クビだ!」
二代目の怒号が響くが、銃声は止まらない。なぜなら、宙を飛び回る鉄球は、その勢いを加速させたからだ。二代目とその手下が騒ぎ立てる中、新藤は階段を駆け上がろうとしたが、そこには血を流す老人を背負った少女の姿があった。
「新藤晴人、お前がいなければ、先生はこんなことにならなかった。私は絶対にお前を許しはしない。月の光を見るのも今夜が最後だと思え!」
その瞳は、憎しみに塗れ、溢れ出そうとしていた。新藤への復讐。感情をそれだけに絞った彼女の視線に、新藤は一時的に言葉を失う。それでも、新藤は少女を追おうとしたが、その足元で弾丸が跳ね、急停止する。顔を上げ、少女の行方を確認しようとしたが、その姿はない。追うにも、激しく飛び交う銃弾の中では、難しいことだった。
「くそったれ、女が逃げたぞ…。お前らのせいだ、馬鹿ども! 行くぞ、追うぞ!」
二代目は屋敷を出ようとしたが、飛び回る鉄球がそれを阻止した。部下の一人は、鉄球の突進をまともに受け、崩れるように倒れる。二代目は危機を感じたか、足を止めて「何とかしろ、のろまども!」と叫ぶが、部下たちはただ銃を乱射するばかりで、鉄球をどうすることもできない。それでも、二代目は一瞬のタイミングを狙って、屋敷を飛び出した。
鉄球によって部下の一人が倒れる。そのせいもあってか、銃声がやや落ち着いた。新藤はそれを機に階段を駆け上がる。先程まで少女が座っていた椅子は、赤い血で濡れていた。そして、それは点々と東棟の廊下へ続いている。まるで、少女の行方を新藤に指示しているかのようだった。廊下を進むと、一階に降りる階段が。続く血の跡は、彼女がこの階段を降りたことを示していた。階段を降りると、西棟の突き当りとなり、裏口がある。そのドアを開き、外の様子を窺うと、銃声が何度か聞こえた。流星会が彼女を追っているのだろうか。
「一人で行くつもりかい?」」
新藤はその声に半ば驚き、振り向いた。
「き、如月さん…どうして出てきたんですか? まだ終わっていません。隠れていてください」
東棟で乱条を含む数名の護衛に守られているはずの如月が、そこに立っていたのである。驚く新藤に肩をすくめた如月は、涼し気に言った。
「何を言っている。ここからが大詰めなのだろう? 私の出番がないわけがない」




