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「何か心当たりは…あるのかな?」


新藤は返事を期待せずに質問したが、少女は意外にも口を開くのだった。


「覚えている。何年か前、日本で私たちは仕事をした。目標はマフィアのボスだった」


「なるほど。でも、どうやら流星会の二代目は、ホン・ウーヤーではなく君だけを狙っているようだな」


成瀬の指摘に、少女は首を傾げる。


「二代目?」


「君たちが殺したボスの息子だ。まだ若い…いや、むしろ未成年なのかな。お飾りの長らしいが、それなりに強い決定権を持っているみたいだね」


成瀬の説明に、少女は暫く記憶を巡った後、一つのイメージに辿り着いたようだった。


「……あのときの子供か」


少女は、その夜にあった出来事を簡単に話した。押し入れに隠れた子供を、気まぐれで見逃したことを。成瀬は頷く。


「これで決まりだな。恐らく、我々はホン・ウーヤーだけでなく、流星会にも追われている。これが吉と出るか凶と出るか…微妙なところだな」


一同が口を閉ざす。ホン・ウーヤーという伝説の暗殺者に追われてるだけで、厄介であることは間違いないのに、その上で過激な武装集団にまで目を付けられたのだ。状況が好転したとは思えない。沈黙を破ったのは、些細な疑問が浮かんだ新藤だった。


「しかし、どうしてホン・ウーヤーは成瀬さんが用意した隠れ家を見付けられたのでしょうか。ホン・ウーヤーはこの国で頻繁に仕事をしているわけではないでしょう。異能対策課の情報、漏れてませんか?」


「確かに、俺たちの動きは、上の人間に報告している。考えたくはないが、その中に情報を売っている人間がいても、おかしくない」


成瀬は溜め息を吐いたが、余計な考えを振り払うかのように話題を変える。


「ここにホン・ウーヤーがやってくるとして…やつを倒せるかどうかが問題だ。やつは異能力者なのか?」


新藤は首を横に振る。


「いえ…信じられなことですが、違うと思います。そういうものではなく、長い月日によって磨かれた技、という感じでした」


「だとしたら、葵さんがいることで、こちらが優位に立てる…ということもないのか」


「ですね。単純な力と力のぶつかり合い。それでしか、あの人は倒せません」


次に、成瀬は乱条に視線を向ける。


「乱条、どうだ? あいつを倒せるか?」


思わぬ質問だったのか、乱条は僅かに間を置いてから答えた。


「当然だぜ、成瀬さん。ホテルでは馬鹿どもに邪魔されて、中途半端になっちまったけど、あのまま続けていれば、あたしが勝ってたぜ」


「だとしたら、問題はないな。あのときは、状況があまりに不透明だったから撤退したが、相手の力量が分かっているのなら、どうにでもできる。ましてや、今度は乱条がいるわけだ。伝説の暗殺者と言えど、こっちが絶対的に有利。正面からやり合っても、何の問題もない」


「お、おう。任せろよ、成瀬さん」


笑顔で二度も頷く乱条を訝しげに見る新藤。それに気付いた乱条は、鋭い目付きで「なんだよ、文句あるのか」と無言で訴えた。そんな沈黙のやり取りの横で、突然成瀬が如月の横で跪く。


「安心してください、葵さん。そうだ、この件が終わったら、一緒に旅行でもどうですか? 静かなところで、ゆっくりするのも良いでしょう」


「旅行ですか…。新藤くん、行きたいところ、ある?」


人形のように黙っていた如月が、少しだけ笑顔を浮かべ、新藤に話を振った。


「そうですね、温泉があるところかなぁ」


「おい、誰も君を誘ってなんかいないからな」


新藤を押し退けようとする成瀬だが、後ろから乱条の怪力で襟首を引っ張られた。


「成瀬さん、この件が終わっても処理する仕事が山積みって言ってたはずだぜ。旅行じゃなくて、あたしと事務作業だよ!」


「ふざけるな、それはお前一人で何とかしろ」


久しぶりに、和やかな雰囲気が流れたと思われたが、冷たい水をかけるように、少女が口を挟んだ。


「お前たちは、皆殺しにされる」


全員の視線が集まると、少女は嘲笑を浮かべる。


「女、分かっているだろう? あのまま、戦いが続いていたら、お前は負けていた。実際、お前は身を守ることで精一杯だったじゃないか」


「なんだと?」


乱条のただならぬ殺気が周囲に広がる。それでも、少女は態度を変えることはなかった。


「事実だろう。先生の強さは圧倒的だ。ここにいる、誰一人生き残れはしない」


「そこまで言うなら、先にてめぇがあたしの強さを体験しておくか?」


乱条は血を求める獣のような笑みを見せる。今にも飛びかかり、喉元に喰らい付きそうな気配すらあった。


「あの、待ってください」


誰もが黙り込む剣呑な空気だったが、落ち着いた声が。


「ホン・ウーヤーは、僕が一人でやります」


新藤が右手を挙げていた。


「おいおい、新藤くん。君は負けたんだろう。葵さんの命がかかっているんだ。君のためにリベンジマッチをセッティングしてやる余裕はないよ」


「いえ、だからこそ…僕にやらせて欲しいんです」


新藤の目は、穏やかな普段の彼からは、想像できないほど、冷たいものだった。いや、刃のような鋭さがあると言った方が近いだろう。成瀬の警戒心が自然と反応するほど、それは危険な何かを含んでいた。


「あの人は僕が倒さなければならない。そんな気がするんです」


新藤は少女の方を見る。しかし、彼女は敵意のある目で新藤を見返した。そんな視線の交差を見た成瀬は、仰々しく溜め息を吐いた。


「君はまた他人に同情して、厄介事を持ち込むつもりか? その娘に何があったかは知らないが、もし葵さんに危険が及ぶようなことがあれば…」


成瀬は分かっていた。新藤がただの同情から動いているわけではないことを。そこには、如月を守ろうとする意思があることは間違いない。だが、その奥にある破壊衝動の片鱗。まるで、少女のことについては言い訳でしかないような、そんな暴力的な側面が、新藤の心の底に隠れている気がした。だからこそ、成瀬はそれを止めるつもりだったが…。


「良いですよ」


成瀬の言葉を遮る如月の声。


「新藤くんに任せましょう」


それは、自分の命が危ういにも関わらず、曇りない決定であるようだった。


「葵さん…」


表情を曇らせ、説得の言葉を探す成瀬に、如月は微笑んだ。


「新藤くんが負けることがあっても、成瀬さんが私を守ってくれるのでしょう?」


出かかった言葉を飲み込んだ成瀬は、肩を落とし、観念するよう「分かりました」と言った。そして、目付きを変えると乱条に指示を出す。


「おい、乱条。どうせ、新藤くんは負けるだろうから、その後は必ずお前が締めておけよ」


「もちろんだぜ」


乱条が得意気に拳を握ってみせた。新藤は如月の横顔を見つめる。今朝、頼りないと言われたばかりだが、これはどういうことなのだろうか。そんな視線に気付いたのか、如月が瞳がこちらを向いた。そして、新藤の心情を読み取ったかのように、囁くのだった。


「頼れるところを見せてくれよ、新藤くん」

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