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「おい、今すぐ逃げれば、死なずに済むかもしれないぞ?」


少女は廊下の隅から、新藤に警告する。新藤はそれから目を離すことなく、少女の警告を拒否する。


「貴方との約束がありますから…逃げませんよ」


「……馬鹿か? 先生の気配を目の当たりにして、次元の違いを理解しただろう」


「約束は、約束です」


新藤の言葉に、少女は僅かに目を細めた。


その老人は手を後ろで組み、真っ直ぐと立っていた。とても、戦う意思はないように見えたが、新藤は大きなプレッシャーを感じていた。今にも逃げ出したいと思うくらいに。


それでも、新藤は拳を握り、腰を落とした。それに呼応するように、老人も腰を低く落とす。それだけで、老人が纏う空気が重たくなったような感覚があった。まだ、間合いは五歩以上ある。それだけの距離を縮め、老人の射程距離に入ることは、大きな恐怖を乗り越える必要があった。


時間稼ぎのつもりはない。もちろん、時間を稼げば如月を逃がすことにつながるが、少女を救うためには、この老人を打ち破る必要がある。その二つが新藤の達成すべきことだ。


新藤には、迷う時間はなかった。伝説の暗殺者、ホン・ウーヤーと呼ばれる老人は、新藤を相手に時間をかけるつもりはなかったからだ。新藤が怖れや迷いを振り払おうとする間に、老人は既に必殺の一撃を放つ準備に移っていた。それは、お互いが拳を交える意思を示してから、僅か五秒も経っていなかった。

老人は腰を深く落とすと、一気に地を蹴った。それは、普通の人であれば、五歩以上はある距離だったが、老人の踏み込みは一歩でそれを消失させる。そして、新藤の懐に深く潜り込んでいた。


この距離感に、新藤は覚えがあった。そして、老人の拳が新藤の胸の辺りに添えられる。浅かった。少女の呟きが、新藤の記憶を貫くように再生された。


次の瞬間、新藤の体は長い廊下の上で、放物線を描いた。まるで、ダンプカーの正面衝突を受けたかのように。何メートル、という距離を飛ばされたのだろうか。床に叩き付けられても、衝撃は収まらず、転がり回って、やっと新藤の体は停止した。無論、ただ吹き飛ばされただけでは済まない。新藤の胸には弾丸で貫かれたような痛みが走っていた。


痛みに立ち上がることもできず、床をのたうち回る新藤。だが、老人は満足した様子はなく、仄かに信じられないものを見たかのように、やや眉を潜めてから呟いた。


「……躱したか」


その呟きに、驚愕の表情を見せたのは、少女である。そんな彼女の元に、老人が歩み寄った。少女は家出から帰ってきたばかりの子供のように、老人にかけるべき言葉を探すが、なかなか見つからないようだ

「せ、先生…今なら、間に合います。如月葵を追って、始末してください」


やっと出てきた言葉がそれだ。確かに、新藤は老人を足止めするつもりで対峙したが、それは数秒程度のことである。追いかければ、如月たちを捉えることは難しくないはずだ。しかし、老人は首を横に振る。


「いや、出直すぞ。お前を連れ戻しに来たのだから、成果としては十分だ」


「私を…?」


少女は、老人が頬を綻ばせた意味を理解できなかったらしい。


「手首を見せろ。縄をほどいてやる」


「…先生、どうして」


混乱する少女。そんな少女の心情を理解できない老人。二人の間に、何らかの意思確認が行われていないことは確かだ。


新藤は点滅するような意識の中で考える。このままでは、老人は少女を闇の中に引きずり込んでしまうだろう。さらに、如月の命が危機に晒される。立たなくてはならない。そう思っても、貫くような痛みが邪魔をするのだった。


老人が少女の拘束を解こうと手を伸ばしたとき、誰も利用していないはずのこのフロアに、エレベーターが停止する電子音が。老人は振り返り、何者かの接近を察する。老人はその気配に、ただならぬものを感じたのか、何者かが角を曲がってくる瞬間を待った。


現れたのは、金髪の女だ。少女のそれとは違い、染髪材による色合い。そして、チンピラ風のスカジャンが妙に似合っていた。


「出遅れたと思ったが…割と良いタイミングみたいじゃねぇか」


獰猛な獣を思わせる笑みを浮かべる彼女は、異能対策課の主戦力、乱条だった。

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