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新藤は得意げに続ける。


「あの程度なら、ホン・ウーヤーの技も高が知れますね。こんなところに隠れる必要もないけれど、成瀬さんは臆病だしな…」


「先生の技なら、お前など一瞬で殺せる」


少女が感情的な言葉を返すと、挑発的だった新藤の表情が柔らかくなった。


「先生のことが、大好きなんですね」


「……先生は、私に生きがいを与えてくれた」


「でも、彼は人殺しです」


新藤の一言に、少女の表情が微かに変化する。それは、どういった表情をすべきか、自分でも理解していないようだった。だが、それは数秒で消え、固い意思を思わせる表情に戻る。


「私も人殺しだ。別に、何も思わない」


「そうでしょうか。貴方は、少し違う気がします。殺すことに躊躇いがある」


「貴様に何が分かる」


短い言葉で会話を終らせようとする少女の目を、新藤の視線が貫く。新藤は、彼女の本心を推し量ろうとした。


「では、なぜあのときナイフを投げなかったのですか?」


「……理由なんてない」


「後ろに子供がいたから、できなかった。違いますか?」


認めようとしない少女に、新藤は続けた。


「僕は何度か暴力に染まってしまった人間を見たことがあります。そういう人は、少しだけ雰囲気が違うんです。たぶん、貴方もそれを理解しているし、それが自分にはないと知っているはず」


「……だったら、何だと言うんだ?」と少女は新藤を睨み付ける。


新藤の言葉は、想像よりも彼女を動揺させていた。なぜなら、少女は明らかに苛立っていたからだ。本当は沈黙を貫きたいはずが、新藤の言葉に苛立ち、言い返さなければ気が済まない。それは、本音の部分を触れられたからではないか、と新藤には思えた。


「別の生き方を考えたことは…ないのですか?」


少女はただ新藤を睨み付ける。


「貴方は、まだ戻れると思います」


「……仮に」


黙り込んでしまうと思われたが、意外にも少女は会話を続けた。


「私が日常に戻れるとしても…それを選ぶことはない」


「なぜですか?」


新藤の問いかけに、少女は顔を背けてしまう。だが、今までのように新藤を睨み付けることはなかった。どうも、この会話に彼女の本心があるように思えた。


「先生…ホン・ウーヤーですか?」


新藤の直感は冴えていた。少女は新藤を見る。その目には確かな動揺があった。何を言っても、黙っていも、新藤に心の内を見透かされる。そんな気持ちだろう。


「分かりました。じゃあ、僕がホン・ウーヤーを倒します。そしたら、貴方は殺しの世界に居場所がなくなる」


新藤の言葉に、少女は目を丸くした。それは、今まで彼女が見せたことのない顔だ。さらに、彼女は笑った。それは、嬉しさ、楽しさから来るもではない。あまりに馬鹿馬鹿しい噂を聞いたときの、冷笑に近いものだ。


「お前は、先生の強さを知らない。だから、そんなことを言える」


「そうですか?」


新藤は苦笑いを浮かべる。


「実力は示したつもりだったんだけどな」


「確かに、お前は強い。たぶん、もう一度戦ったとしても、私が圧倒されることだろう。だが、先生は私やお前…いや、人間とは次元が違う。お前程度は一撃で葬り去られるだろう」


少女は、浅はかな新藤を嘲笑するかのようだった。同時に、強い確信もあった。


「そんなに強いんですか…?」


「もし、拳を交える機会があれば、一瞬で理解する。怪物は存在するのだ、と」


少女は、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。それは、信じられないと笑い飛ばす男の姿、もしくは戦慄する男の姿を、嘲るものだった。しかし、そんな少女の嘲笑は消え失せた。


「お前…なぜ笑っている?」と少女は尋ねる。


「…え?」


新藤は、青ざめた少女の顔を見て、思わず手の平で口元を覆った。


「何がおかしい、と聞いたんだ」


少女は重ねて質問するが、新藤は言葉に詰まる。なぜ、笑っていたのか。それは自分でも理解できない。いや、説明できないものだったからだ。ただ、少女が語る怪物の話を聞き、腹の底で得体の知れぬ喜びが沸き上がっただけのこと。


少女がもう一度、新藤に質問しようと口を開きかけたとき、勢いよく部屋のドアが開かれた。顔を出したのは、成瀬だ。


「新藤くん、下の階で異常だ。たぶん、ホン・ウーヤーが来たぞ」


それを聞いた新藤は、少女の顔を窺う。彼女はただ茫然と、ドアの方を見つめていた。


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