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「とにかく、話をしましょう」
少女に提案してみると、なぜか困惑するような眼差しを向けられ、新藤の方が反応に困ってしまった。少女が俯いてい待ったため、新藤は助けを求めるように成瀬の方を見るが、彼は下らないと言わんばかりに鼻を鳴らした。如月の方も見てみるが、彼女はそもそも興味がないといった具合に、別の方向を見ている。
ここは、成瀬が用意した隠れ家だ。隠れ家…と言っても、山の奥のようなひっそりとした場所ではない。都市のオフィス街にある、高層ビルの上階である。どうやら、フロア一つを丸ごと貸し切って、厳重な警備も配置しているらしい。
確かに、このような場所であれば、乗り込んでくることは簡単ではないだろうし、そもそも如月の居場所を見付けることだって難しいはずだ。守りに余裕があるのなら、先手を打ってホン・ウーヤーを捕らえたい、というのが成瀬の方針で、そのためにもこの少女から情報を引き出したいそうだ。
成瀬が尋問したが、少女は一言も喋ることなかった。諦めたのか、成瀬は深い溜め息を吐くが、珍しい表情を見せた。いつも余裕に溢れた笑みばかり浮かべている成瀬だが、このときはナイフの輝きのように冷たい表情だった。
「君がここで痛い目に合っているという情報を流して、ホン・ウーヤーを誘き出す方法もあるんだ。丁重に扱ってやるのは、後一時間程度だと思えよ」
いくつもの質問に対し、俯いたまま表情を見せない少女だったが、このときは顔を上げて言葉を発した。
「先生は、私を助けには来ない。諦めて、すぐに私を殺せ」
無表情に言い切る彼女に、成瀬は冷笑を見せた。
「こちらとしては、どっちでも良いんだよ。君の選択肢は、今死ぬか、後で死ぬか、という程度なんだから」
これに対して、少女は何も言わず、また俯いてしまう。その様子を見て、成瀬は肩を落とすと、踵を返して部屋から出て行こうとした。
「葵さん、お茶にしましょう」
成瀬の後を追って部屋から出ようとする如月だったが、動かない新藤を見て足を止めた。
「新藤くん?」
如月に呼びかけに、新藤は微笑む。
「僕はもう少し彼女と話してみます」
「……そう」
如月は特に意見もなく、部屋を出た。部屋の中に、新藤と少女は二人きりになる。新藤は暫く黙って少女の様子を見守っていたが、彼女に変化はない。
「申し訳ないですね、手首を縛ったりなんかして」
返事はない。
「お名前、聞いても良いですか?」
これにも、当然返事はない。だが、次の言葉に少女は顔を上げることになる。
「貴方は、先生が来ることを信じているのですか?」
「……何だと?」
「もしくは、期待している…とか」
少女は俯き、また黙り込んでしまうのかと思われたが、そうではなかった。
「なぜ、そう思う?」
新藤は口元を綻ばせ、少女の疑問に答えた。
「何度質問しても、貴方は黙っていた。しかし、成瀬さん…あの嫌にニヤニヤした背の高い人のことですが、あの人が貴方を囮にしてホン・ウーヤーを誘き出す、といった発言をしたときは、強く反応を見せた。言葉では、先生は来ない、と言っていましたが、それは本心の裏返しである…ように見えました。どうですか?」
少女は暫く新藤を睨み付けていたが、すぐに視線を落としてしまった。新藤は話を変える。
「そう言えば、最後の一撃…凄かったですね。あれ、どういう技なんですか?」
新藤は少女が放った至近距離の一撃について質問する。
「あの距離で威力が出るはずないのに、全身に痛みが走るようでした。でも、確か…浅かった、と言っていましたよね?」
少女は、凄まじい一撃を放ったにも関わらず、浅かった、と思わず口走った様子だった。
「つまりは、上手く行けばもっと威力が出るんでしょうか?」
反応しない少女に、新藤は意地の悪い笑みを見せた。
「まぁ、でも…動けなくなるほどではありませんでしたね。あの感じなら、まともに入っても大して効かないかなぁ」
少女が顔を上げる。明らかに、苛立った目で新藤を見ていた。




