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次の日、午後には日本を去る予定だったが、先生は会う約束をした人物がいる、とのことで別行動を取った。一時間で戻るということだったので、私は一人、ホテルで帰り支度をしていると、ジャパニーズマフィアが乗り込んできた。今であれば、一人で何とかできたかもしれないが、そのときの私は不意の襲撃に対処できず、捕らえられてしまった。


マフィアはどこかの倉庫らしい場所に私を運ぶと、手足を縛って、拷問にかけた。依頼人は何者なのか、と。なぜ、私たちの身元がばれたのか。私は痛み付けられながら、そんなことを考えたが、すぐにボスの息子のことを思い出した。


彼がクローゼットに隠れているとき、私はホン・ウーヤーという言葉を口にしてしまった。そこから、マフィアたちは私たちの居場所を調査したのだろう。あのとき、私が男の子を殺していれば、こんなことにならなかった。それにしても、恐ろしい調査力だ。一夜で私の居場所を特定するなんて。密かに感心する私に、マフィアの一人は言った。


「お前の仲間にメッセージを残した。助けに来てくれると良いな」


どうやら、ホテルの部屋に私を拉致したことや、この場所について、何らかのメッセージを残したようだ。先生は一時間で戻る…と言っていた。私が拉致されてから、既に二時間は経過している。先生はそのメッセージを既に読んでいることだろう。ホテルからこの場所まで移動するには、一時間も必要ない。先生に私を助ける意思があるなら、そろそろ現れても良いはずだが…。


「そうだな、後三十分は待ってみよう」


平然と答えた私のことが気に喰わなかったのか、マフィアはさらに私を痛め付けた。先生は、きっと来ない。分かっているつもりなのに、倉庫の扉が開いて、そこに先生が立っている、という妄想を何度か繰り返した。そして、五分に一回は、我ながら馬鹿なことを考えてる、と自嘲した。何を期待しているのか。あの人は、私にそれほど価値があるなんて、思っているわけがない。それは、十三歳の誕生日のとき、理解したはずだ。


三十分は待つつもりだったが、そろそろ後遺症の残るダメージを負いかねないと判断した私は、自分で脱出することにした。繩を抜け、マフィアの一人が隠し持っていた武器を奪い、一人ずつ殺す。たった四名だったが、このときの私には、なかなか骨の折れることだった。


全身の痛みに耐えながらホテルに戻ると、先生はロビーに座っていた。チェックアウトの時間は過ぎていたので、部屋で待っていられなかったらしい。私は無言で退屈そうに座っている先生の前に立った。先生は酷い姿の私を見て、大きく溜め息を吐き、言い放った。


「飛行機のチケット、取り直しておけ」


「……はい」


助けに来て欲しかったわけではない。身を案じて欲しかったわけでもない。そんなことはない、と分かっていたから。それなのに、私は背を向ける先生を見て、唇を噛んでいた。

それからも、私と先生は淡々と仕事をこなし、日々を送った。先生が一流であることはもちろん、私もそれなりに成長したため、酷い目に合うことは殆どなかった。




先生が衰え、私もこの世界から抜けられるかもしれない…と思っていた矢先、この始末だ。日本という国は、私と相性が悪いらしい。私は縛られた手首の状態を確かめるが、簡単には抜けられなかった。


「あれ、目を覚ましたみたいですよ」


この声は…たぶん、如月葵の助手の男だ。


「何を言っているんだ、新藤くん。まだぐったりしているだろう」


知らない男の声。新藤くん…というのは、助手の名前か。そう言えば、如月葵に襲い掛かったとき、その名前を叫んでいた気がする。


「いや、たぶん…目覚めていますよ」


足音が近付いてくる。助手の男…新藤が私のすぐ前に立ったようだ。


「聞こえますか? 日本語、分かりますよね? 少し話しませんか?」


その声は、あのとき私を捕らえたマフィアたちとは違い、敵意というものが、まるでなかった。いや、そんなはずはない。きっと、目覚めた私を痛め付け、何か情報を引き出そうとするはずだ。


「彼女が弟子だとしたら、ホン・ウーヤーの居場所を知っているはずだ。それか、餌としてホン・ウーヤーを誘き寄せられるなら、多少は対処が楽になるかもしれないな」と、もう一人の男が呟く。


やっぱり、そのつもりか。私は目を開き、顔を上げた。目の前に新藤。そのやや後方に長身の男。さらに、その奥に如月葵が立っている。私は先生を誘い出そうと発言した男を睨み付けた。


「私を餌にしたところで、先生は来ない。私は先生の居場所を知らないし、拷問したところで無駄だ」


男は少しだけ眉を持ち上げると、薄く笑みを浮かべて肩をすくめた。


「拷問なんて、そんなつもりはありませんよ」


答えたのは、正面に立つ新藤だった。睨み付ける私に、新藤は笑顔を見せる。


「とにかく、話をしましょう」


敵である私に、柔らかく微笑む。私はそれを見て、驚愕した。何に驚いたのかは分からない。とにかく、新藤が見せた表情は、ここ数年、私に向けられたことがないものだった。


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