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隠れ家に戻る途中、高台から街中を見下ろせる道を通った。先生はいつも風景なんて目もくれないのに、今日はなぜか街の光を見下ろし出し、黙っていた。私が生まれる前から、人を殺し続けた先生に、夜景の美しさが理解できるのだろうか。


冷たい風が吹く。そろそろ帰ろう、と私が言葉にしようとしたき、先生が突然咳き込み始めた。反射的に、私は先生の後ろに立ち、その背に手を当てる。何だか妙な感じだ。この人が背後を許すこともそうだし、触れて分かる衰え。先生は口にしないけれど、私は知っている。この人が肺を患っていることを。

長く咳き込んだが、落ち着いたらしく、先生は背筋を伸ばした。


「寒い時期だからな。早く帰った方が良さそうだ」


「はい」


この人は、近いうちに死ぬらしい。育ての親とも言える先生が消えてしまったら、私はどうやって生きて行くのだろう。そんな私の思考を遮るように、懐にある携帯端末が着信を知らせてきた。


「はい」


「仕事の依頼をしたい」と男の声。


声は前置きもなく告げた。私は先生を一瞥するが、彼は街の光をまだ見つめている。

「つまらない仕事であれば拒否する。先生の技に見合う仕事だと思うのであれば話せ」

この携帯端末の電話番号を知っている時点で、イタズラや冷やかしでなく、危険な殺しの話であることは確かだ。しかし、金に物を言わせてこの番号を入手し、下らない依頼を出す人間も僅かながら存在する。まともな依頼であることを期待する私に、相手の男は言う。


「先生に、野上麗を助ける仕事だ、と伝えてくれないだろうか」


「……野上?」


私の呟きに、先生がこちらを振り向くと。電話の内容を察したのか、頷いた。野上麗という人物が何者か知らないが、先生は内容すら確認せず受けるつもりらしい。少しくらい体のことを考えて欲しいのだが…。


「分かった。殺したいやつは政治家か? 富豪、活動家、マフィアのボス…何でも始末してやる」


私が依頼人に対して伝えるいつもの文句を聞いて、電話の相手は笑ったような気配があった。


「いや、ターゲットは政治家ではない。富豪でも、活動家でも、マフィアのボスでもない」


「じゃあ、何だ?」


「探偵だ」


「……探偵?」


「そう、探偵。如月探偵事務所の所長、如月葵。彼女を消してほしい」


野上麗。如月葵。どちらも日本人の女の名前のようだ。先生が日本という地に深い関わりを持っている、という話は聞いたことがなかったが、先程の反応を見る限り、何かしらの縁があるらしい。


「分かった。詳細は今から言う連絡先に頼む」


私は仕事用の使い捨てメールアドレスを伝えた後、電話を切った。すると、先生がまたも咳き込み出す。ここ最近で、一番体調が悪いのではないか。先程と同じように、背をさすってみると、少しずつ落ち着きを取り戻した。


「先生、次は日本のようです。野上麗とかいう人物は、知り合いですか?」


「一回会っただけだが…力を貸す約束をした」


「……そうですか。一つ提案なのですが」


私は前々から考えていたことを伝えてみようと決心した。きっと、今がタイミングだ。先生はこちらに視線だけを向けて、発言を促した。


「今回、私一人で仕事を受ける、というのはどうでしょうか?」


私の提案を先生は鼻で笑う。


「阿保。未熟者が、一人で何ができるか。今の話しは聞かなかったことにする。帰ったら、すぐに日本へ向かう準備をするぞ」


そう言って、先生は歩き出した。私は先生の後を追いながら考える。せめて、今回の仕事だけでも休んでもらえないか。あわよくば、先生は今後仕事を受けず、ゆっくりすべきだ。そうでなければ、先生の体は…きっと悪化する。そうなったら私は…何をどうやって受け止めればいいのだろうか。


そして、その後は何も目指して生きれば良いのか。先生の体調がおかしくなってから、ずっと考えている。そんな日々が、もう半年以上は経過したはず。


それでも、私は結論が出ていない。どうすれば良い。こうして考えている間も、タイムリミットは迫っているはずなのに…。

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