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青い光が、新藤の意識の中を駆ける。それは迷うことなく、意識の中核へ進んでいた。青い光は動きを止めると、その下には白く巨大な光が広がっていた。それが、新藤の意識の中核だ。青い光は、意識の中核を見下ろし、何かを探しているようだった。中核の周辺を回遊するように飛び回る青い光だったが、目的を見付けたのか、表面に舞い降りて行く。
意識の中核は、近くで見ると、所々に小さな穴があった。この穴の向こうには、膨大な情報が存在していることを、青い光は知っている。青い光は触手のようなものを伸ばすと、中核の表面に空いた小さい穴に、それを差し込んだ。青い光は触手を通して、何らかの情報を中核へ流し込む。
すると、中核の表面の色が、部分的にゆっくりと変化した。白から青に。それが、書き換えだった。新藤の意識、記憶、思考、もしくは想い出と言える情報が、青い光の意思によって書き換わっていく。
それを確認した青い光は、一仕事を終えたように、そこから離れると、次の場所にターゲットを探して移動を始めた。青い光が次の接続口を見付け、その上に着地した頃、新藤の意識の中核を目指して、赤い光が突き進んできた。青い光は、それに気付くと、作業のスピードを速める。
「如月さん、こっちに来たのですね。意外だ、と言っておきましょうか」
青い光は、次々と中核に接触し、書き換えを進めて行く。それに対し、赤い光は青く変化した中核の表面に降りると、同じように触手らしきものを伸ばして、接続口からアクセスを試みる。そして、書き換えられて、破棄された情報を復元し、再びそれを上書きする。そのスピードは、青い光の作業よりも遥かに速い。
青い光が書き換え、赤い光がもとに戻す。そして、二つの光による作業の差は、次第に埋まって行くのだった。
「必死ですね。それほどまでに、新藤さんが大事なのですか? この世界が塗り替わったとしても、彼の愛情は変わらずにいて欲しい、と?」
青い光は、まるで鬼ごっこを楽しむ少女のように笑うが、赤い光はそれに答えることなく、さらにスピードを上げる。青い光も負けじと、ペースを上げた。
新藤の意識は、青く輝いては、元の色に戻った。何度かそれが繰り返されたが、やがて殆どその変化は見られなくなる。
「本当に速い。流石は如月さんです」
「お前が私に勝つことはない」
「そうでしょうか。前例はあった、というのが私の認識ですが」
「間違った認識だな」
青い光を赤い光が追いかける。青い光は、意識の中核に降りようとしても、それは赤い光に追いつかれ、捕らわれてしまう隙を与えることになった。
「では、今回をその前例としましょう。貴方が新藤さんを守ったところで、今ごろ大原結衣さんは扉を見付けています。扉を開けば、私の勝ちです」
「扉を開けられるのであればな」
「…どういうことですか?」
赤い光が、青い光に追いつく。そして、触手を伸ばして捕らえようとする。だが、青い光が唐突に消失し、それを逃れてしまった。
赤い光は、青い光の行く先を探すのではなく、中核の方へ戻った。すると、その一部に青く光る釘のようなものが刺さっていた。赤い光は、触手を使ってそれを取り除くと、釘らしきものは消失した。
新藤は、目を覚ました…ようだった。いつの間に、意識を失ったのだろうか。だが、倒れているわけではない。どんな状況なのか、把握できなかったが、目の前に如月が立っていることに気付いた。
「あれ、如月さん…?」
「新藤くんから離れろ」
如月から返ってきた言葉は、意味不明のものだった。
「まさか、書き換えを阻止するだけでなく、拘束まで解いてしまうなんて…」
その声はすぐ背後から聞こえた。いや、背後どころか自分と殆ど密着している位置だ。そう認識すると、背中に柔らかい感触と、腰の辺りを包む人の感触があることに気付いた。
「うわっ、下内さん? 何をしているんですか!」
「引退してそのスピードは衰えていませんね。しかし、如月さんの負けであることは変わらないはず」
「お前が私に勝つことはない、と言ったはずだ」
状況を掴めず混乱する新藤を無視して、正面の如月と背後の下内が会話している。
「いいえ、すぐに扉は開く。私の勝ちです」と下内。
「だったら、ゆっくりと十数えてみろ。何も起こりはしないぞ」
「……何か対策したと言うのですか?」
「当然だ。お前が存在している、と知った私が、何もしないとでも思ったか?」
「まさか、扉のプロテクトを強化したとでも? いえ、それは有り得ない。私が貴方の前に姿を現してから、それほど時間は経っていないはず。如月さん一人で、プロテクトを強化するなんて…とても不可能なはず」
如月は黙って答えない。しかし、下内は何らかの結論に至ったようだった。
「そうですか、重田博士ですね。彼女の協力があれば、プロテクトの強化も可能かもしれない。あの方がそこまで協力的とは、少しだけ意外です」
新藤は二人の会話を聞いて、薄々ではあるが状況を理解した。下内は味方ではない。何かしらの異能力者で、如月と敵対するものだったのだ。
「新藤くん、意識が戻ったのなら、その女を拘束しろ。すぐにだ!」
「はい!」
新藤は、自らの腰に絡む下内の腕を掴もうとしたとき、それが離れた。新藤は振り返り、逃がすまいと手を伸ばそうとしたが…。
「たすけて」
目の前で、下内が呟いた。すると、なぜか体が重たくて、手が伸び切らない。まるで、自分の中に躊躇いが生まれたかのようだ。如月の命令とあれば、決して迷うことはないはずだ。新藤の躊躇いを知っていたかのように、下内はすぐさま踵を返し、部屋を出て行ってしまった。新藤は追いかけて、今度こそは捕らえてみせようとしたが…。
「新藤くん、追わなくて良い。それよりも、私を守れ!」
「え? あ、はい!」
新藤は、理解が追いついていないが、如月に言われたのだから彼女から離れるわけにはいかない。すぐに如月に寄り添い、周辺を警戒する。
気付くと、如月が祈りを捧げるように、片膝を付いて両手を組み、目を閉じていた。そして、如月の体が仄かに輝き出す。黄金の光に包まれる如月を見て、新藤は思わず呟いた。
「綺麗だ…」




