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数秒の沈黙の後、如月は話題を変える。


「……こんな施設まで作って、何をするつもりだ? 神の世界に侵攻するための兵隊でも、作る気か?」


ここは、異能力者の育成所とも言える場所だ。その目的は不明だが、野上麗と邂逅したことで、如月には検討が付いた。


「もう一度言いますが、この施設は、私が作ったわけではありませんよ。私の支援者の一人が、勝手に作られただけです。実験の場として使わせてもらっているのは、確かなことですが」


「大原結衣は実験体か?」


「いいえ。賛同してくださった協力者です。彼女が望んだのですよ、その扉の向こうに旅立つことを」


「向こう側の世界で、彼女に何をさせるつもりだ?」


「自由にしてください、と伝えています。ただ、一つお願いはしました」


「どうせ、神の世界に至る扉を叩け、と言ったのだろう」


野上麗は否定はしなかった。


「扉を開くためのプログラムは、既に彼女へ渡してあります。辿り着くことができれば、彼女はあれを開く。そうなったら、この世界は変わるでしょう。あの人が望んだように」


「それは、お前の望みだろう。お前だけが望んだことだ」


如月は語気を強める。


「野上麗、この世界を変えてどうする。ここが崩壊してしまったら、人類の存続に関わる。人類の滅亡はお前だって望んでいないはずだ」


「人類が滅亡する? そんなことはありませんよ。これは進化です。人々が大きな変化を受け入れれば、今よりもずっと、素晴らしい世界が訪れます」


「進化は緩やかに、ゆっくりと行われるべきことだ。急速な変化は多くの人を振り落とすのと同じことになる。誰もが新しい環境を受け入れられるとは限らない。少しずつ、ゆっくり変わって行けばいいことなんだよ」


「もしかして、私を説得しようとしているのですか?」


どこか下らないと鼻で笑うような響き。野上麗は続けた。


「如月さんが、私を説得するなんて、おかしいことです。問答無用で、私のことなんて、消してしまいたいはずなのに」


如月の諭すような言葉に、野上麗は何かしらの思考を巡らすつもりもないようだった。ただ、如月の腹の底には、別の意志があると指摘するだけである。如月は表情こそ変えなかったが、言い返すことはできなかった。


「どうやら、人質が効果的なようですね」


野上麗は自分が取った手段が有効的である、と確信を得たようだった。


「新藤くんを捕まえて、何をするもりかは知らないが、お前が私に勝てることはない。新藤くんを離せ。そして、大人しく元の世界に帰るんだ」


「どんなに言葉を交わしたところで、私が如月さんの意見を受け入れることはありません。その逆がないように」


二人の視線の上で、いくつもの感情が交わり合った。そして、それはお互いにとって理解できないものだ、という再確認に終わる。


「大原結衣さんが、神の世界に至る扉を見付けるまで、それほど時間はありません。止めに行かなくて、良いのですか?」


「私が大原結衣を止めに行ったら、どうするつもりだ? そのための人質なんだろう」


如月は呆れたと言わんばかりに肩をすくめた。野上麗は薄い笑みを浮かべたまま答える。


「そうですね。新藤さんの思考を書き換えるつもりです。何でも私の言うことを聞くように。私にとってそれが、難しいことではないと、如月さんはご存知ですよね」


なるほど、と如月は心の中で呟く。沈黙する如月をどう見たのか、野上麗は「そうだ」と言った。それは、まるで楽しいゲームを思いついて提案するかのようだった。


「そうだ。彼が貴方に抱いていてる感情を、すべて私に向けるよう書き換える、というのはどうでしょうか?そうすれば、きっと彼は私のために尽くしてくれるでしょう。強い情熱を持って。あのときを思い出しますね。今度は、新藤さんが私に多くを捧げてくれると思うと、楽しみで仕方ありません」


柔らかい笑みを浮かべたままの野上麗だが、その言葉はどこか肉体的な欲望を感じさせる響きがあり、異質と言える不気味さがそこにあった。挑発しているつもりか、と如月は感情的な自分を抑える。


「……私がそれを許すと思うか?」


「彼が大事ですか?」


「大事であろうが、なかろうが、私がお前に渡すものは、何一つもない」


「相変わらず、強がりですね。そんな風に意地を張っているから、大事なものを失ってしまうのです。渡したくないのなら、渡したくないと言えば良いのです」


「お前に、人の感情について語られたくはない。新藤くんを離せ」


「そんなに嫌ならば、私を止めてみればいいだけのことです。その代わり、大原結衣さんが向こうの世界で、扉を開くことは止められませんが…」


大原結衣を止めれば、新藤の意識が書き換えられる。新藤を救おうとすれば、大原結衣がこの世界を崩壊させてしまう。そのような二択を、如月は迫られた。もう一つの選択肢としては、新藤も世界も捨てて、野上麗だけをデリートする、というものもある。


ただ、デリートする頃には、新藤の意識は変わり、この世界も異常なものに変化してしまっているだろう。野上麗は、如月がそんな方法を選ぶことはない、という自信があるらしい。ただ、如月は迷っていなかった。三つの選択肢の中、最初から自分がどうするか、ということは、決まっていたのだ。


二人が向き合い、沈黙を続ける時間が、どれだけ流れただろうか。それは、まるで決闘の合図を待って向き合うガンマンのようでもあった。


「始めます」


そう言って、先に動いたのは、野上麗だった。野上麗の瞳が、燃えるような青色に変化した思うと、新藤の意識の潜り込む瞬間が、如月には分かった。如月も自分の為すべきことのために動くのだった。

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