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今までが神尾少年が無表情だった分、その表情は彼の動揺を強く表している。そんな神尾少年がおかしかったのか、新藤は肩を揺らして、笑いを堪えていた。


「あれだけ打撃は完璧だと言うのに、タックルが怖いわけですか」


と新藤は追撃するように言う。


新藤の仮説とは、神尾少年はタックルの対処が素人というものだった。なぜ、その考えに至ったのか。それは、新藤が初めてタックルを見せたときの、神尾少年のリアクションだった。彼は、新藤のタックルを華麗な膝蹴りで防いだようだったが、その後は畳みかけるのではなく、必要以上に距離を取っていた。


さらに、その次の攻防では新藤が身を低くした途端、すぐに後ろに退いている。これは、新藤のタックルを怖れたのだ。つまり、最初の膝蹴りは狙ったものではなく、彼の天才的なセンスからくる、本能が偶然防いだだけであって、そこに明確な対処方法があったわけではないのだ。


この偶然があったからこそ、神尾少年は次のタックルを必要以上に恐れてしまう結果となる。この経緯から、新藤が出した結論は、一級品の打撃テクニックを見せる神尾少年も、タックルのフェイントを混ぜた打撃となると、一気に質が下がる、というものだ。


それから、新藤は執拗にタックルのフェイントを織り交ぜた打撃で、神尾少年を圧倒した。その割には、一度もタックルを見せることなく、あくまで打撃によって攻めるものだから、神尾少年にとっては不快でしかないだろう。そんなフェイントに慣れつつあったことろ、新藤はこんなことを言った。


「次は絶対にタックルで倒します。覚悟してくださいね」


と新藤は腰を低く落とした。


嘘か本当か分からない宣言に、神尾少年の顔が焦燥感に塗れる。新藤が低い姿勢のまま、間合いを詰める。神尾少年は必死に後退するが、瞬く間に接近し、タックルのフェイントの後、新藤の拳が飛んだ。今までにない深い一撃を受けた神尾少年の足から、力が抜けてしまったことは、明白だった。それを見た新藤は満面の笑みを見せる。普段の新藤は、温厚で誠実を売りにしているような男だが、このときばかりはトランプのジョーカーに描かれていそうな顔をしていた。


新藤による追撃の回し蹴りは、神尾少年の胴を薙ぎ払うようだった。腕で防ぐ神尾少年だが、その威力に体は流れる。さらに、新藤は左の拳を突き出すようなモーションを見せた後、本命の蹴りで神尾少年の足を蹴り払った。


それが決定的な一撃となった。神尾少年は足に激痛が走ったのか、片足で跳ねつつ、新藤から離れようとしている。ついに、新藤は神尾少年に組み付くと、軸足を払いながら地面に投げ倒した。背を打ち付けた神尾少年は、その痛みに顔を歪め、それでも立ち上がろうとしたが、体が上手く動かないらしい。新藤は、そんな神尾少年を見て、どこかへ消えていた良心が帰ってきた。


彼を放っておけば、仕事の邪魔になることは間違いない。しかし、まだ子供でしかない彼に対し、さらなる鉄槌を落とすような真似はできなかった。


「新藤さん」


迷う新藤に女性の声が。新藤は、声が届く距離まで他人の接近を許してしまったことに慌てつつ、それが何者なのか確認した。


「し、下内さん…?」


そこに立っていたのは、昨夜のうち、新藤と共に施設を出る約束をした、下内明日香だった。


「何をやっているのですか、こんなところで」


新藤は思わず下内の方へ駆け寄る。


「何をやっている、ってこっちのセリフだよ。昨日、私は待っていたのに…」


「あ、の…すみません。色々トラブルがあって」


「それで、迎えにも来ないで、どうして神尾をいじめているの?」


「これはですね…彼が襲い掛かってきたと言うか」


確かに最初の一撃は神尾少年から始まっている。嘘ではない、と言えなくもないだろう。


「言い訳しないで。こんな子供を大人が一方的に…」


下内は倒れたままの神尾少年を何とか立たせる。そう言えば、下内と神尾少年は親しいようだった。ただ、照れ臭そうに顔を赤らめて俯く神尾少年を見ると、単純に親しいと言う間柄でもなさそうだ。


「神尾、大丈夫?」


「大丈夫です。あの…俺は、どうすれば」


「戻って医務室に行きましょう。一人で行こうか?」


「……いえ、まだ動けます」


「駄目。医務室に行きなさい」


どこか高圧的な声色に、神尾少年はすっかり肩を落とすと、足を引きずりながら施設の方へ歩いて行った。神尾少年の姿が見えなくなると、下内は新藤の方を見た。


「それで、どうしてくれるの?」


「えーっとですね、下内さんさえ良ければ、この施設から一緒に出ませんか?」


「信じさせてくれるの?」


「……はい。もう一度、この世界で歩いて行けるよう、全力でサポートします」


「……分かった。じゃあ、連れて行って」


新藤は深く頷いたが、すぐに仕事中であることを思い出す。


「すみません、仕事中なので今すぐと言うわけにはいきません。まずは、それを終らせてからで良いですか?」


新藤は説明しながら、自分がプレハブ小屋の中に用があることを示した。


「分かった。でも、私も一緒に行って良い?」


新藤は考える。恐らく、プレハブ小屋に脅威はない、と判断しても良いだろう。後は、大原結衣を確保して逃げるだけだ。神尾少年が助けを呼んで誰かしら駆けつけてくることを考えると、下内は傍にいた方が良いのかもしれない。


「そうですね、一緒に行きましょう。早目に終わらせて、こんなところは、すぐに出ないと」


新藤の力強い言葉に、下内は笑顔を見せた。


「はい。お願いしますね、新藤さん」


下内の言葉に、どこか違和感を覚える新藤だったが、まずは如月の元へ駆け付けなければ、とプレハブ小屋の中へ向かった。

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