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17

早朝、新藤と如月は再び施設に向かった。


離れた場所に車を止め、正面ではなく裏から施設内に侵入する。如月の目論見が当たったのか、特に見張りがいるわけでもなく、施設内も静まり返っていた。


このままスムーズに、大原結衣の個室まで辿り着くかと思われたが、新藤には気掛かりなことがあった。それは、下内明日香のことである。彼女を外に連れ出す、と約束したはずが、新藤は大原結衣の異能の前に為す術もなく、情けなく如月に助けられた。下内は、新藤に言われた通り、待っていたのだろうか。そして、新藤が一向に現れないことに、何を思っただろう。


大原結衣の個室に辿り着き、ちょっとした道具を使って鍵を解除する。しかし、狭い部屋はもぬけの殻だった。


「まさか、もう最終試練に…?」


と新藤は呟く。


廊下に出てから当てもなく視線を巡らせたが、窓の外に人が動く影を認めた。二階から地上を見下ろすと、数名の人間が朝焼けの光の中、一列に並び、さ迷うように歩いている。一人を除くと、全員がローブを身に着け、深くフードを被っているものだから、どこか儀式的な行為を思わせる雰囲気があった。そして、何よりもその連中の中心にいるのは、大原結衣だった。


「如月さん、あれを!」


と新藤は声を落として言う。

如月も窓の外から、彼らを見下ろし、状況を理解したらしかった。


「後を追うぞ」


二人はできるだけ音を立てないよう、一階に降りて、外へ出た。運が良いことに、大原結衣を囲う一行を見失うことはなく、施設からやや離れたところの森へ入ろうとしているところを目撃した。


新藤たちは一定の距離を保ち、物影に隠れながら接近する。大原結衣の一行は、目的はどこにあるのか、森のさらに奥へと進んだ。十分ほど森を進むと、小さなプレハブ小屋が姿を現す。どうやら、一行の目的地はここらしい。彼女らは、プレハブ小屋に入ってしまうと、出てくる様子はなかった。


「どうやら、あそこで最終試練が行われるらしい」


と如月は言った。


「覚者という存在が噂通りなら、このままでは彼女が消えてしまいます」


「今度こそ…強硬手段で彼女を連れ戻すしかないようだ」


「行くしかないですね」


中の様子が分からないことは、圧倒的に不利な状況へ飛び込むこともあり得る。入って行ったのは、合計で四人だが、中には十人以上いることだって考えられるのだ。


いざ乗り込もうと、木の影から出て行こうとしたが、意外にもプレハブ小屋のドアが開き、新藤は慌てて身を隠した。どうやら、ローブに身を纏った三人の男だけが小屋を出てきたらしい。そのまま、この場を去ってくれれば…と願う新藤だったが、彼らは小屋の前から動こうとはしなかった。


「儀式が終わるまで…あそこで見張っているつもりか」


「仕方ない。行ってきますね」


新藤が見せる笑顔に、如月は頷く。新藤は木の影に隠れるのをやめて、ローブの男たちの前に出る。男たちはいささか困惑し、目配せをしながら、どう対処するか相談したが、結論が出るまで時間はかからなかった。


ローブの男が手の平を持ち上げ、新藤の方へ向けると、僅かに空間が歪んだように見えた。そして、その歪みは新藤へ迫る。異能力による衝撃波だ。


迫る壁のように襲ってくる衝撃波。大抵の人間なら、何が起こっているのか理解できず、それに吹き飛ばさてしまうことだろう。ローブの男たちも、それを想定していただろうが、新藤は違う。はっきりと見えないその壁を、必要最低限の動きで避けると、ローブの男たちへ駆け出す。


怖れることもなく向かってくる新藤に、男たちは動揺したようだったが、すぐに迎撃の体勢を整えた。最初に異能を放った男は、二発目に備えて腰を落とし、もう一人はローブを脱ぎ捨て、新藤に向かってくる。最後の一人は新藤の横に回り込もうとしていた。


最初に異能力を使った男が再び、衝撃波を放つ。新藤がそれを躱すと、ローブを脱ぎすてた男が、目の前まで迫ってきた。そして、放たれる右の拳。一見すると、ただの拳だが、恐らくは異能によって身体能力が強化されたものだ。新藤は、身を低くしつつそれを避け、反撃に男の腹部へ拳を放つ。しかし、異能によって強化された体には、新藤の拳を受けてもダメージと認識しないのか、男は拳を振り上げた。


新藤は距離を取ってそれを避けるつもりだったが、なぜか足が動かなかった。反射的に足元を見ると、影のように黒い手が新藤の足首を掴んでいる。新藤の直感が訴えた。もう一人の異能力だ、と。新藤は、異能によって強化された拳を受けるしかない…と思われたが、彼は上半身を横に逸らして、何とかやり過ごす。いや、それだけでなく、反撃の拳によって男の顎を捉えた。新藤の鋭い拳により、男の膝が折れる。追撃の一撃を放つつもりの新藤だったが、突然その身体が宙に放り出された。それは、まるで見えない車に跳ね飛ばされたかのようで、新藤の体は放物線を描いてから、地面に転がった。


それでも新藤はすぐに立ち上がると、いつの間にか拾い上げていた石を、彼の動きを封じている異能力者に向かって投げつける。異能力者が慌てて身を退くのと同時に、新藤は先程ダメージを負わせて膝を付いている男に向かって走り出し、彼の頭を蹴り上げた。そこに衝撃波が襲い掛かってきたが、新藤は瞬時にその場を離脱する。連続して放たれる衝撃波だが、新藤は悉くそれを躱し、異能力者まで迫った。衝撃波に頼る異能力者は身体能力については並みの人間と変わらないらしく、距離を詰めてきた新藤をどう対処すべきか、判断しかねるようだった。その隙を逃さない新藤は、瞬時に彼の後ろに回って、その首を腕で絞める。


「二人とも動かないでください。動いたら、この人を絞殺しますよ」


新藤の警告に、彼らは退く様子を見せなかった。新藤は苦笑いを浮かべつつ、不満気に眉を寄せたが、首を絞めて男の命を奪うことはない。それどころか、男を解放してしまう。男は新藤から距離を取るが、新藤の行動の意味が理解できず、困惑した顔を見せた。


だが、三人の異能力者たちの目的が変わることはなく、新藤を捕らえようと各々が構え直す。だが、当の新藤は大きく溜め息を吐くと、肩を落とした。


「そろそろ無駄なことはやめましょう。これ以上、貴方たちが必死になったところで意味はない。道を開けてください」


説得しているようでもあるが、それは挑発にも聞こえる言葉だ。自らの異能力に、それなりの自信を持っているだろう三人は、その実力を誇示しようと顔を強張らせたが、すぐにいつもと違う感覚に気付いたようだった。一人は何か異常を探すように手の平を確認し、もう一人は集中するように目を閉じて、もう一人は腰を落として力むような表情を見せた。


それぞれ、異能を発動するためのアクションなのかもしれないが、当然のように起こしていた奇跡が、その兆候すら見せようとしない。言う間でもない。如月の異能キャンセルが働いたのだ。そこからの新藤は早かった。すぐに三人の男の意識を奪い、彼らの体を目立たない場所まで移動させた。

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