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日が落ちて、新藤は報告のため林の中に。


「なるほど。覚者というのは、ただ異能力に目覚めることではないのか」


と如月は指先で顎に触れながら考えを巡らせているようだった。


「はい。聞いた話が間違っていないのであれば、覚者になると、この世界から消えてしまうそうです。どういうことなんでしょう。別の誰かの異能力によるものなのでしょうか」


「……正直、分からない。ただ、嫌な予感だけではある」


「ですよね。しかも、彼女は近いうちに、その覚者になる最終試練あるそうなんです。時間がありません」


「近いうちっていうのは、いつのこと?」


「すみません…そこまでは」


如月は、肩を落とす新藤の背を二度軽く叩いた。


「どっちにしても、やることは決まっている。多少荒っぽい方法になったとしても、彼女を連れ出すだけだ」


「はい。今夜…接触してみます。いえ、連れ出します」


新藤の瞳に闘志の光が灯る。それを見て安心したのか、如月は満足気に頷いた。


「よし、分かった。では、私は施設の前に車を停めておこう」


さらに数分ほど簡単な打ち合わせを続け、解散となったが、如月は最後に言い残す。


「今更ではあるけれど、大原結衣は異能力に目覚めていると考えて間違いないはずだ。決して油断することがないように」


「もちろんです」


新藤は今まで何度も異能力者たちと相対し、幾度となく窮地を乗り越えてきた。どんな異能力を持った人間が相手だったとしても、ある程度は対応ができる、という自信があったわけだが…。大原結衣の異能力は彼の想定をいくらか上回るものだということは、このときは知る由もなかった。




夜の瞑想の時間が近付き、新藤は自室から出ようとした。怪しまれないためにも、夜の瞑想もしっかり参加し、夕食の時間に大原結衣を探し出し、彼女が一人になったタイミングで強硬手段に出る。そのつもりだった。しかし、ドアを叩く音が。この部屋に訪ねてくる人間なんて、ここ数日で一人もいなかった。


「はい。開いてます」


ドアが開き、顔を出したのは下内明日香だった。


「な、なんですか?」


戸惑う新藤を余所目に、彼女は部屋の中に入ってドアを閉めた。


「ねぇ、本当のことを教えて」


と茶化すような笑みを見せる。


「何のことですか」


「惚けても駄目。大原さんのことに決まっているじゃない。ここ最近、彼女に近付いた男性が何人もいたけれど、誰もが不自然に消えてしまった。何かがあるんでしょう?」


「知りませんよ。僕はここに来るまで、彼女のことだって知らなかったんですから」


新藤を訝しがるように見つめる下内だが、新たな企みを思いついたのか、口の端を吊り上げた。


「彼女、覚者の最終試練を明日に控えているらしいよ」


新藤は思わず顔をしかめる。彼女は餌に喰い付いた、と言わんばかりに笑みを浮かべる。


「何か知りたいことがあれば…教えるけど?」


新藤は深く溜め息を吐く。下内を巻き込むわけにはいかない。だが、貴重な情報源であることは確かだ。新藤は観念し、声を潜めた。


「あのですね、僕は貴方が考えている通り、覚者を目指して体験入会したわけではありません。貴方が教えてくれることは、僕にとって確かに必要な情報です。でも、僕と関わることは、貴方にとって何の得もない。いや、むしろ危険なんです。それを理解してください」


「理解しているよ。でも、私にとって得がないとは、言い切れないでしょう」


「どうして?」


「……だって、貴方は私を救ってくれるかもしれないから」


いつもからかうような笑みを見せる彼女が向けてくる無感情な瞳は、新藤の胸を押し潰しそうになる。そして、彼女が何を求めているのか考え、それを言葉にした。


「……ここから、出たいと望んでいるのでしたら、僕は貴方の力になれるかもしれません」


新藤の提案に、下内はどこか怯むように目を逸らした。


「出たい…とは思っているの。だけど、それが怖い」


「どうして?」


「私はこの世界に順応できる自信が少しもないの。ちゃんと生きていける気がしない。だって、何もできないから」


「何もできなくて平気ですよ。実際に、僕だって大したことはできません」


「嘘。何か一つくらい、特技があるでしょう」


「そうですね…初めて会った人でも、コーヒー派か紅茶派か分かる、くらいです」


「本当?」


「はい」


「……じゃあ、私は?」


「紅茶派です」


それは正解だったのか、下内は微笑みを零す。


「……貴方が入れる紅茶、飲んでみたい」


「ここから出たら、満足するまで、いくらでも」


「それを飲めたのなら、私もこの世界に順応する勇気が出るかもしれない…」


ただ紅茶を口にすることで、希望を見い出そうとしている下内に、新藤は勇気を与えたいと思った。


「確かに、一人で歩くには困難が多すぎる世の中なのかもしれません。でも、誰かと支え合えば、きっと乗り切れます。だから…」


新藤の言葉は途切れる。彼女の力になりたい、という気持ちが溢れてくる。新藤は誰かの役に立てるものなら、率先して手助けをしたい、という考え方の持ち主だ。だからと言って、片っ端から他人を助けてみせようと手を貸すわけでもない。


しかし、なぜか彼女に対しては、助けなければならない、という強い感情が出てくるのだ。その理由が自分にも分からなくて、新藤は混乱していた。すると、下内が一歩前に出て距離を縮めて、新藤の胸に頭を置いた。まるで、彼の心音を聞こうとするかのように。


「私を助けてくれるの…?」


「僕がどれだけ助けになれるかは分からないけれど…」


「ここから…出たい。貴方が手を引いてくれるなら…出れるかもしれない」


新藤は下内の肩を優しく押して距離を取ると、彼女の瞳を覗き込む。


「分かりました」と新藤は言う。


なぜ、彼女を助けたいと思うのか、自分でも理解できないが…助けられるのであれば助ければ良い。その後のことは、またそのときに考えれば良いではないか。


「僕は、今夜中にここを出るつもりです。でも、やらなければいけないことがある」


「……大原さんのこと?」


新藤は頷いた。


「危険を伴うことだと思います。それでも…覚悟があるなら、夕食の後、ここを抜け出して、正門の前で待っていてください」


下内は恐る恐るといった具合に頷く。本当は、そこまでだって手を引いて導かなければ、彼女にとってここを抜け出すことは、難しいことに違いない。


でも、そこまで自分で出て行く覚悟がなければ、きっと外の世界でやり直すことは難しいだろう。ここは心を鬼にするしかない。


「大丈夫ですか?」と新藤が確認する。


「……うん。頑張る」


下内明日香の怯えながらも一歩踏み出そうとする表情を見て、新藤は自然と笑みを零した。彼女の助けになれる。それが、なぜこれほど幸福な気持ちを生むのか…やはり分からない。


とにかく考えるのは後だ。


新藤は再び自分に言い聞かせ、まずは大原結衣を確保することに集中しようと、頭を切り替えた。





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