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それからと言うもの、私たちは同じ誓いを持った親友となった。


どちらかが心のバランスを失えば、必ずどちらかに連絡を取って、安定を取り戻した。最悪の気分になれば、秋良や哲くんの悪口を言って、ストレスを解消し、その度に「でも、あの男が好きなんだ」と実感して、妙な充足を得るのだ。


私たちの約束は、心の安定をもたらした。美和子とは少しずつ疎遠になったけど、三カ月に一回程度で会ったし、お互いが約束を大事にしていると確認し合うこともできた。これが、ずっと続くと思っていた。そして、紆余曲折があって、私も美和子もちゃんと幸せになるのだ、と勘違いしていた。でも、違ったのだ。


「私、結婚する」


美和子の突然の裏切り。前兆がないわけではなかった。たまに、職場の年下の男に口説かれている、という話は聞いていたから。固い約束で守られていたはずの美和子が陥落してしまった理由は分からない。


でも、確かなことは、私と言う人間は、未だに約束の残骸に囚われ、誰とも幸せになろうと思えないことだ。いや、もはや誰も私と幸せになろうとは思ってくれないだろう。


ときどき思う。あのとき、私が絵を捨てなかったら…秋良のために、変な意地を張って絵を捨てなかったら、違う人生を歩めたのではないか、と。そんな有りもしないことを妄想しながら、何もない宙に絵を描く真似をしてみる夜もあった。


そして、仕事を失い、秋良からの絶縁宣言。何もかも失い、もうこの世界に見放されたと思った矢先、私はメシアに出会ったのだ。


私の長い話を、メシアは最後まで黙って聞いてくれていた。私が話し終えると、彼女は「つらかったでしょう」と言って、悲し気な微笑みを見せた。その儚さは、私の方から駆け寄って、どうか泣かないでくださいと手を握りしめたくなるようなものだ。そうは言っても、彼女の瞳から涙が出ているわけではないのだが。


「それでは、貴方はこの世界が嫌いなのですか?」


メシアの質問に、私は首を横に振る。


「嫌いと言うと、少し違うかもしれません。でも、ここにいたくないんです。全部忘れて、どこか遠くへ行ってしまいたい。でも、忘れることなんてできないし、どこにも行けない。自殺も考えましたが、怖くてできなかった。なぜ死ねなかったのか。その理由は理解しています。私は死にたいのではなく、ここではないどこかを目指しているだけなんです。でも、そんな場所はどこにも…」


「確かに、貴方にとって魂が安らぐ場所は、この世界にないのかもしれません」


彼女に言われると、それだけが事実であるような気がして、少しだけ気が重くなった。しかし、彼女は立ち上がると、すぐ隣に立って、急に私の頭を撫で始めた。その手は、とても冷たいのだけれど、なぜか心の底まで染みるようで、私の目から自然と涙が出る。


「あれ、どうして…」


と私は混乱する。メシアは小さく笑った。


「大丈夫、安心してください。貴方の魂に訴えているだけです」


「何を…訴えているのですか?」


「救われない魂はない、と。貴方の疲れた魂は、必ず私が浄化してみせます。そして、貴方が探している、ここではないどこか…そこまで、私が導いてみせますから、安心してください」


「私は…私はもう、この世界にいたくない。助けてください。どうか、助けてください」


「はい。貴方を救うため、全力を尽くします。でも、すぐにできることではありません。今は泣いてください。それだけでも、少しは楽になるはずですから」


私はそれからも、彼女の元で訓練を続けた。ここではないどこかに辿り着くため、覚者という存在を目指した。そして行き着いたのが、田舎にある大きな学校のような施設である。


ここでは、多くの人がいた。

この世界から脱出しようとする、多くの人が。


互いに高め合うように、覚者を目指す。そんな生活によって、私の心は少しだけ洗われたが、それでは足りなかった。時々、思い出してしまう。


秋良のこと、美和子のこと、都会の生活、仕事、両親。


今更、あの世界に戻ったところで、私は人並みの幸せなんて手に入れられない。きっと、一人の男に囚われ、一生の孤独を続けなければならない。そして、馬鹿な女として後ろ指をさされるのだ。


だとしたら、私が選ぶべき道は一つ。


覚者になる。


この世界を脱出して。そして、ここではないどこかに。

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