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もう会わない。そう誓ったはずなのに、五年も経つと秋良は私の生活の一部になっていた。


大学を卒業してから暫く、私は別の男性と交際していたが、失恋してしまった。どっちの方が想いが強かった、というわけではないが、この失恋は秋良のときよりも、私に大きなダメージを与え、精神的に追い詰めた。仕事も辛いだけで上手く行かず、これだったら好きな絵に携われるものを選べば良かった、と後悔すらあった。そんなとき、偶然にも駅前で秋良に出会ったしまったのである。


「えっと…暇だったら、飲みに行かないか?」


躊躇いながら、私を誘う秋良。たまには、こういう馬鹿と飲めば、気持ちが晴れるかもしれない、と私は彼と飲むことにした。


秋良は殆ど変わっていなかった。まだ夢を追って、細々とバイトをしながら暮らしている。話を聞いている限り、むしろお金を払って、どこかのイベントスペースに絵を展示してもらっている、というパターンが多いらしく、本当にギリギリの生活を送っているみたいだった。


「頑張りなよ。結局、そうやって夢を追い続けられる人間が、一番の才能を持っていると思うよ」


私が何となく思いついた言葉に、秋良は驚くほど機嫌を良くした。


それから、週に少なくとも一回は秋良から食事に誘われた。私は、仕事が嫌になって辞めてしまい、少しずつ二人で自堕落な生活に足を踏み入れて行った。それでも、秋良の馬鹿な発言や常識外れな行動は見てて笑えたし、何よりもお互いお酒が好きということもあって、彼との時間が私の癒しになっていることは間違いなかった。


さらに、酔った勢いで体の関係を持ってしまったこともあって、これは復縁したのだろうか、と解釈に迷うことになった。そんな関係を数年続けることになり、半同棲生活に。しかし、ある夜、秋良の携帯端末に何件も着信があることに気付いた。秋良がシャワーを浴びていて、出れない状況だったが、着信はしつこく鳴り続ける。ディスプレイには「哲のサブ」と表示されていた。哲くんとはまだ友達なのか、と懐かしくなって、私は出てみようと思った。


「もしもし」


しかし、私が聞いた声は、女の声だった。しかも、後で知ったことだが、それは大学のとき、何度か秋良と一緒に歩いているのを見た女と、同一人物だった。


今度こそ、二度と会わない。何度もそう決めたのに、私と秋良は偶然の再会を繰り返す。秋良はなぜか、私が寂しさの絶頂を迎え、今こそがどん底ではないかと思った瞬間に現れるのだ。その辺のバイオリズムが一致しているのだろうか。何だったとしても、こんな生活はもうやめたい。私は新しい仕事を見付け、新しい生活を始め、できるだけ秋良を排除しようと努めた。そんなときに、美和子から連絡があった。


美和子は職場が変わった関係で、私が住む地域に引っ越してきたらしい。久しぶりに会わないか、と言われたとき、少しばかり躊躇った。美和子に会ったら、自分の嫌な部分も同じ気持ちを抱いている人がいるのだから安心しても良い、妥協してしまうのではないか。そんな不安があった。


実際に美和子に会って話すと、私は救われる思いだった。なぜなら、美和子はあのときと変わらず、私と同じような人生を歩んでいたからだ。哲くんとまだ関係を続けて、浮気されたり喧嘩したり、別れては復縁を繰り返しているそうだ。そのせいで、仕事も辞めることもあった、と彼女は笑う。

全部同じだ。今度は、私のことを話すと、美和子は目を丸くして、その後二人で大笑いした。


「なんだか、私たちの人生って、あの二人のせいで壊れちゃったみたいだよね」


と美和子は言う。


「確かに」


と私は同意する。


私も美和子も、別にあの二人以外の男性と縁がないわけでもなかった。でも、私はどこかで秋良のことがあって、美和子はどこかで哲くんのことがあって、どうしてもそういう縁を駄目にしてしまうのだ。私たちはもう三十になる。そろそろ落ち着いた相手が欲しいところではないか。それなのに、いつまでもこんなことを繰り返して…。


「なんかさ」


美和子は苦笑いを浮かべて言った。


「ここまで来たら、私たちのハッピーエンドは神様が望んでいないのかもね」


「うん、そうだと思う」


と私はまたも同意した。


「でも、何か悔しいよ。ここまで来たら、私は哲くんと幸せな結末を迎えたい。だって初めて私に好きって感情を与えてくれた人だもん。できるなら、最後まで貫きたい。自分は間違っていなかったって、証明したいよ」


寂しそうに言う美和子を見て、私は自分の感情に気付かされた。そうだ、私もどこかで美和子と同じように思っていた。いつもちょっとした勘違いで喧嘩になって疎遠になっている。だから、本当に少しの差で私は幸せな生活を送っていたのではないか、と思う。


たまに誰かと恋愛について話すことがあって、私と秋良の関係を話すと必ず否定された。そんな男と付き合うべきではない、と。そのときは「私もそう思うよ」なんて言ってみせるが、腹の底では悔しくてたまらなかった。


私たちは、本当にちょっとしたすれ違いが続いているだけなのだ。ちゃんと噛み合えば、私たちは誰よりも上手く行く。だって、幸せそうなやつらだって、口を開けば相手の愚痴ばかり言うではないか。もし、私が秋良と結婚したら、そんなことにはならないはずだ。だから、証明したい。私は秋良と二人で幸せになれるのだ。私を否定していた人たちこそ、間違っていて、仮初の幸せを見せびらかしていただけではないか、と。


「そうだね。ここまできたら…私たちを否定してきたやつらに、見せつけたいかも」


私たちはお互いの気持ちを確認し合い、少しだけ安心すると、自分たちのこれからを考えて黙り込んでしまった。しかし、美和子が顔を上げると、何か思いついたのか明るい表情を見せる。


「ねぇ、思いついたんだけど、私たち…約束しない?」


「……どんな?」


「約束って言うよりも、願掛けかな。私は絶対に哲くんと結ばれるよう頑張る。そうなるまで、絶対に他の人に幸せを求めたりはしない」


「じゃあ、私は秋良と…?」


「うん。そうすれば、仲間がいるって何度嫌なことがあっても諦めずにいられると思うんだ」


私は少しの間、考えた。でも、最初から答えは決まっていた。美和子と再会する、ずっと前から、心のどこかで決まっていたことだ。


「良いよ。その約束、私も守ってみせる」


「うん、私も」


私たちは乾杯して、その日は朝まで飲んだ。


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