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裕福な家庭で育った私の人生が、狂ったのだとしたら、それは確実に秋良と出会った瞬間だ。


二十歳にもならない頃に出会った秋良は、私にとって特別な人間に見えた。何となく得意だった絵の道に進もうと思った私と違い、秋良は夢と野望を持っていた。

それは私が今まで出会った人の中には、誰も持ち合わせていないような情熱だったし、好きなものを語るとき、好きなものに取り組むときの彼は、本当に輝いてみた。そして何よりも、周りの女の子から注目されていた。


どちらかと言うと、俳優やモデルにいるタイプではなく、アイドルグループにでも所属していそうな顔で、本人は嫌がっていたが、中世的な美しさがあった。それでいて、背は高く、細い体であるにも関わらず、腕の筋肉は思わず触れてみたくなるほど男らしい。私には分からないが、たぶん女性の本能的な何かをくすぐる魅力が、秋良にはあったのだ。


だから、大学ではちょっとした有名人だった秋良なのだけれど、ある日、彼の方から私に声をかけてきた。悪い気分ではなかった。


「大原さん、絵が上手だよね」


そんな他愛もない言葉がきっかけで、私たちは少しずつ距離を縮める。数カ月してから、私は哲くんを紹介された。哲くんは何と、秋良とは中学生からの友人で、同じような夢を持つ彼らは非常に馬が合ったらしい。哲くんは音楽関係で学科は違ったが、今でもその関係は変わらないそうだ。


私たちはお互いの作品を見せ合ったり、手伝ったりしているうちに、交友関係を深めた。そして、三人で何かできないか、という話が出始めった頃、哲くんが連れてきたのが、美和子だった。美和子は服飾関係で、また学科が異なっていたが、哲くんを通して私たちとも親しくなり、三人でサークルを作った。


イベントスペースを借りて、音楽とファッション、そしてアートを融合させたイベントを開催する。そんな活動内容だ。もちろん、お金にはならなかったが、それなりにやりがいがあって、楽しいものだった。この頃から私は、美和子が哲くんに対して抱く感情に気付いていたし、その逆についても察していた。そして、秋良はどう思っているのだろう…と気になり始めていた。


でも、二年生の秋にもなると、私たちは男女として交際を始めていた。私は秋良と。美和子は哲くんと。それはもう自然な流れだった。ここまでは、大学生活の輝かしい青春の想い出のようだが、少しずつ何かがおかしくなっていく。きっかけは、珍しく美和子から二人で飲みに行かないか、と誘われたときだ。


「哲くん、浮気しているっぽいんだ」


美和子が顔を伏せながら、やっとの思いで吐き出した一言。そのときの彼女の表情は、今でも忘れない。美和子は私から見ても美人だ。たぶん、高校生活も人気があっただろうし、二人で歩ていると、男性から声をかけられることもある。哲くんには秘密だが、複数の男性から思いを寄せられている、という相談も受けたほどだ。


そんな彼女が浮気された、ということは、酷くプライドを傷付けられるものだっただろう。それを、私に言うことも同様だ。認めたくないし、誰かに相談なんてしたくもない。だけど、誰かに言いたくて、仕方なかったに違いなかったのだ。何となく、私も美和子と似たような性格だから、それは分かる。


その日、私たちは愚痴を言い合った。美和子は哲くんの。私は秋良の。そして、私たちは自分たちが抱えている不満が殆ど同じであることに驚き、また強く共感もした。親友。そんな言葉は今まで恥ずかしいと思って使えなかったし、どんな人物がそれに当たるのか、理解できなかった。


でも、私と美和子は同じ悩みを持って、サークルを通じて同じ課題をいくつも乗り越えてきた仲だ。もしかしたら、彼女のような存在が、親友と言う言葉に相応しいのかもしれない、と私は思い始めていた。




第二の捻じれ、と言えるようなポイントは、大学生活も残りわずかとなる、三年生の秋だった。私たちは、大学生活の集大成となる作品を準備する必要があり、大忙しだった。私はこの三年間で培った技術や経験、様々な想いを詰め込み、一つの作品を完成させる。秋良もギリギリまで粘り、哲くんや美和子も課題から解放された。残りの大学生生活も、このメンバーと過ごせたら良い。私はその程度に思っていた。


そんな学生たちの集大成となる作品は、春に一般公開され、多くの人が大学を訪れた。来客の中には専門家も混じっていて、彼らにより五つの作品が選ばれ、賞が与えられる、という話もあった。


「ギリギリまで拘って作ったんだ。俺は何かしらの賞に選ばれるだろう」と秋良は目を輝かせた。


しかし、秋良は選ばれなかった。それどころか、なぜか私が佳作に選ばれてしまう。おめでとう。秋良は私に言葉をかけたが、その表情は少しも笑っていなかった。


それから、秋良は私と距離を取るようになったし、大学の外で別の女と歩いているところも目撃してしまった。それでも、少し様子を見てみよう、と判断してから、半年以上経ってしまう。私はいくつか絵に関係する仕事を見付けられそうだったが、秋良は上手くっていなかった。


むしろ、就職活動をしいているのかどうか、それすらも怪しい。私は就活を促すが、素っ気ない返事ばかりで、最終的には将来についてどう考えているのか問い詰めてしまった。すると、秋良は感情的に答えた。


「お前は良いよな! 食べていけるほどの才能があるんだから! 俺にはそれがないんだよ。食って行く手段がないんだ! 俺の絶望を理解できないくせに、口を出すんじゃねぇ!」


「……私に才能なんてあるわけないじゃない。馬鹿じゃないの?」


何かの偶然で佳作をとった私。それはもう半年以上前のことなのに、秋良はまだ妬んでいたらしい。しかも、それを仕事が見つからない理由にしている。何てクズなんだろう。ただ働くことから逃げているだけだ。


「そこまで言うなら、私はもう一切絵を描かない。分かっていないみたいだけど、絵なんて描かなくても、生きていけるんだよ」


私は絵をやめた。新しい就職先を見付け、秋良に報告しようと、彼の自宅を訪れると…知らない女を見送るところだった。


「さっきの…誰?」


私に見られていない、と思っていた秋良は、目を丸くした。誤魔化そうとする秋良に、私はまたも問い詰めてしまう。


「関係ないだろ!」


最後は、怒鳴り散らされる。


「あっそ。じゃあ、私たちは関係のない人間同士なんだね」


私たちは関係を解消した。それからすぐ、私たちは卒業して、哲くんと美和子とも少しずつ疎遠になってしまった。卒業式の日を迎えても、秋良は就職先を見つけていなかった。本当に最低な男だ。もう二度と会ってやらない。そう誓って私は、大学生活を終えたはずだった。

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