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「どうですか? 見えましたか?」と私は声をかけられた。


確認しなくても分かる。メシアの声だ。私は目を開き、声の方を見ると長い黒髪を伸ばした、白いワンピース姿の女性が立っていた。あの夜、私に手を差し伸べてくれた、あの人だ。


私はさっきまで、別の空間にいた。しかし、今はこの雑居ビルの中にある、団体のオフィスで座禅を組んでいた。ここには、他にも瞑想によって別次元へ移動しようと試みる参加者がたくさんいる。彼らも、メシアの訪問に驚いたのか、多くの視線が彼女に集中していた。そして、彼女に声をかけられた私にも。私は緊張感を拭いながら彼女の質問に答えた。


「はい。おぼろげながら、見えています。力の使い方も分かってきました」


「優秀ですね。貴方ほど目覚めが早い人は、今までいなかった、と記憶しています」


メシアの言葉に、後ろで控えている数名のスタッフが頷いた。


「来週から、貴方には別の場所で訓練してほしいと思っています」


メシアが言うと、後ろに立っていたスタッフが、音もなく彼女の背後に移動し、一枚の紙を手渡した。


「ありがとう」


スタッフに微笑みかけたメシアは、その紙を私に差し出す。


「覚者に至るため、より集中できる環境を準備しています。少し離れた場所にあり、住み込みになりますが、貴方の希望に沿った訓練を受けられるかと」


私はその紙を受け取る。そこには、能力開発カリキュラム、という見出しに、説明文と田舎の風景の写真があった。どこかは分からないが、かなり山の中だろう。


「参加します」


私は即決した。迷うことはない。すると、メシアは「そう言うと思いました」と微笑んでくれた。それを見た私は、何だか彼女に認められているようで、嬉しかった。メシアは子供に向けるような微笑みを浮かべたまま言う。


「今日は、少しお話をしましょう。前々から、貴方のことをもっと知りたいと思っていたのです」


「はい」


私は立ち上がると、メシアは相談室の方へ歩き出した。


「二人だけで話します。貴方たちは外に」


メシアはいつも複数の人間に囲まれているが、今日は本当に私と二人だけになりたいようだ。護衛のようなスタッフたちは、相談室から離れ、中に入るよう私を促した。


真っ白な壁の相談室で、メシアと二人きり。初めて会ったあの夜と一緒で、妙な居心地の悪さがあるが、なぜか彼女のことをもっと知りたい、話したい、という気持ちが沸いてくる。そんな不思議な魅力が、彼女がメシアなんて呼ばれる、理由の一つではないか。


何を話すのだろうか、と私は緊張していると、ドアがノックされ、女性スタッフが入ってきた。その女性は、紅茶が入ったカップを二つ、テーブルの上に並べると、すぐに出て行ってしまう。


「飲んでください。少し、緊張がほぐれるはずです」


「えっと…その、はい」


紅茶を飲み込むと、確かに少しだけ気持ちが落ち着いた。


「それで、話してもらえるでしょうか?」


とメシアは唐突に聞いてきた。


「何のこと、でしょうか?」


「初めてお会いしたとき、貴方はこの世界に絶望していた。でも、その理由を少しも話してくれませんでした。でも、これから貴方はこの世界を去ってしまうかもしれない。その前に、聞いておきたいのです」

「私の身の上話が、メシアを楽しませるものとは、思えません」


実際に、その通りだ。私にとっては大きな問題だが、他人から見れば下らない嫉妬や後悔の蓄積でしかない。メシアのような高潔な人からすれば、下世話も下世話ではないか。


「いいえ。私は貴方の…人の気持ちをもっと知りたい。そして、可能な限り救済したい。そのために、できるだけ人の感情に触れたいのです。どうか、私を助けるものだと思って」


「私がメシアの助けになるなんて、そんな…」


首を横に振る私を、期待するように見つめるメシア。話さなければならない、と思った。いや、私はどこかで話したいと思っていたが、他人に自分の醜さを打ち明けることはできなかったし、聞いてくれた人がいたとしても、きっとつまらない言葉で片付けられてしまうのだろう、という確信があったため、誰にも話せなかったのだ。


しかし、目の前にいる彼女は違う。出会ってから、まだ一ヵ月しか経っていないが、彼女はそんな風に思わせる何かがある。優しさとか包容力とか、それだけでは説明できない、厳かな何か。きっと、神様の前に立ったとき、こんな気持ちを抱くのだろう。


「…分かりました、話させてください」


「ええ。きっとそれが、魂の浄化を手伝うと思いますよ」

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