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「やっぱり、大原さんが目的なんだ」


突然、背後から声をかけられ、今度は肩が持ち上がった。だが、次の瞬間にはそれが誰の声なのか理解し、眉を寄せながら振り返った。新藤が想像した通り、そこには茶化すような笑みを浮かべた下内明日香が立っていた。


「目的とか…別にそう言うわけではありませんよ」


そう答える新藤だったが、複雑な気分だった。それは、下内は確実に新藤の目的も、この施設の異様さも、大枠とは言え理解しているようだったからだ。


彼女が何を望んでいるのかは理解できない。ただ、深入りしてしまったら、彼女を危険な事態に巻き込んでしまうことになる。それは避けなければならないことだ。しかし、下内の好奇心はそうさせてくれないらしい。


「やっぱり、彼女には何かあるんでしょう? 何があるの? お願い、ヒントだけでも良いから」


下内は新藤の腕に自分の腕を絡める。急に距離感を縮められ、新藤は顔を引きつらせた。


「だから、そういうことではありませんから」


新藤は少し強引に腕を引っこ抜き、立ち去ろうとするが、下内に服の裾を掴まれてしまう。


「やめてください」と新藤。


しかし、下内は取引を持ち掛ける悪魔のような笑みを浮かべた。


「大原さんの噂、色々と教えてあげても良いよ」


下内の一言に、新藤は顔を引きつらせたまま固まってしまう。彼女が提示してきたのは、喉から手が出るほど欲しい情報だ。しかし、彼女が語るそれが、果たして新藤が求めるほどの質があるのかどうか…。


「前にも話したけど」


新藤の心配をよそに、彼女は語り始めてしまう。


「彼女は凄い天才なんだよ。既に覚醒して、普通の人では考えられないような奇跡を起こせるんだって。それでね、彼女がその力を使ったせいで何人か行方不明になったって噂があるんだよ」


やはり、彼女は異能者として覚醒しているらしい。それは予想できていたことなので、大して驚きはしなかったが、まさか他人に危害を加えている恐れがあるとは…。もし、異能対策課がこの施設に踏み込んだから、大変なことになっただろう。


「だから、彼女は次の覚者候補なんだよ」


「覚者? 覚者と異能力…奇跡を使える人間は、また別物なんですか?」


「覚醒と覚者は別。覚者はこの施設に暮らす多くの人間が目指す存在なんだけれど、なかなか到達できるものじゃないの。私なんかは、とっくの昔に諦めているくらい」


「確か、覚者になると向こう側の世界に至るとかなんとか、って…」


「そうだよ。覚者になれば、この世界の向こう側に到達できる。この世界とお別れ」


「お別れ…?」


「うん。この世界で味わった煩わしいこと、恥ずかしいこと、悔しかったこと、全部リセットできるの。きっと彼女なら、この世界とお別れできる。本当に羨ましいことだよ」


「羨ましいって…貴方もそれを望んでいるのですか?」


「だから、ここにいるんだってば」と下内は笑う。


なぜだろうか。笑顔の彼女は、ときどき酷く寂しく見えて、どうにか助けることはできないか、という気持ちが湧き上がってくる。出会って間もない女なのに、ここまで感情移入する理由がないはずだ。それなのに、下内明日香という人間は、新藤の庇護欲を刺激する何かを持っている。


きっと、彼女は語らないだけで、他人にそう思わせるだけの人生を歩んできたのかもしれない。新藤は彼女に尋ねようと思った。自分にも何かできないか、と。


しかし、新藤はその言葉を飲み込むことになる。下内の背後に、驚愕すべきものを目にしたのだ。新藤はそれを見て、このままでは今回の依頼は失敗に終わってしまう、と考えた。新藤にそれだけの強い緊張感を持たせたのは…


昨日遭遇した目撃者の姿があったからだ。彼は迷う様子はなく、こちらに向かってきていた。新藤は、彼が自分を見ているように感じ、気が気ではない。逃げ出すべきか。それとも、何も知らない顔をしてやり過ごすべきか。


目撃者が新藤の目の前で止まった。こちらを凝視してくる目撃者に対し、新藤は可能な限り自然な笑みを浮かべ、首を傾げる。自分は何も心当たりがない、と言いたげに。目撃者は、まだ幼さの残り瞳で新藤を見つめ、口を開きかけたが…。


「あら、神尾」


目撃者は…意外なことに、下内からその名を呼ばれる。


「どうしたの?」


下内の優しい姉のような声に、目撃者…神尾少年は目を逸らしつつ呟くように言った。


「…皆が呼んでます」


「分かりました。すぐに行きます」


駆けて行く神尾少年の背中を見て、安堵の息を吐いた新藤は、下内に尋ねる。


「彼は…何者なんですか?」


「ん? 同じ班の仲間だよ。何者って言っても…ここに来た経緯までは知らないけど、たぶん年齢的には高校生だろうね」


「高校生、ですか…」


新藤は遠くなった神尾少年の背を眺めつつ、その才能を怖れるばかりだった。

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