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夜の瞑想の時間。新藤は瞑想に参加せず、施設内を探ることにした。異能力を開発する何かが行われていないか、調査するためである。


瞑想は、五つのクラスに別れて行われているらしく、そのすべてを回ることに。どれも、忍び足でこっそりとドアを開ければ、中の様子を窺うことができた。瞑想中は部屋を暗くしているせいか、中の様子は把握できても、それぞれの顔を把握するには至らず、大原結衣や下内がどこのクラスに所属しているか、ということまでは分からなかった。


異能力の訓練らしいものは行われてはなかったため、新藤は大人しく自室に戻ろうとしたが…僅かに明かりが、暗い廊下に漏れている部屋を見かけた。スタッフルームでもなければ、参加者の自室でもない。中を確かめようと、ドアノブに手をかけ捻ってみたが、鍵がかけられているようだった。新藤は自室に戻り、布団に隠していたものを取り出した。


「念のため、使ってみるか…」


新藤は、如月に渡された帽子、サングラス、それからマスクで顔を隠すと、窓から外に出た。暗がりの中、身を低くして小走りで進む。目的の部屋は、窓をカーテンで覆っていたが、中の様子が見えないわけではなかった。なぜなら、新藤が窓を一つ一つ確認して行くと、鍵がかかっていないものがあったからだ。新藤は音立てないよう、ゆっくりと窓を開き、カーテンの隙間から中の様子を窺った。


本当だったのか、と新藤は心の中で呟く。部屋の中には十人程度の男女がいた。誰もが瞑想するように目を閉じていたが、部屋のそこら中に有り得ないものが浮遊している。それは机だったり椅子だったり、中には大きな戸棚といった、数名で持ち上げるようなものまであった。明らかに異能力によるものである。


さらに、その中には大原結衣の姿もあった。ただ、彼女は目を閉じることなく、異能を使う人々を見守っているようだった。どうやら、物体を浮遊させる能力を試しているわけではない。だとしたら、彼女はここにいる異能者よりも、特別なポジションにいるのだろうか。


今日のところはここまでか、と新藤が窓を閉めたそのときだった。


「何をしている」


やや離れたところから声がして、新藤が振り返ると、暗闇の中に、小柄な男が立っていた。別の誰かにかけた言葉だと信じたいところだったが、その視線は明らかにこちらへ向いている。新藤は咄嗟に駆け出し、その場から逃げ出した。新藤が全力疾走で逃げ出せば、ちょっとした走力自慢でも追いつくことはできない…はずだったが。


「待て、逃げるな!」


その声は、新藤のすぐ後ろにあった。どうやら、目撃者の脚力は新藤に勝らずとも劣らないらしい。だが、簡単には追いつかれるわけにもいかない。新藤はさらにペースを上げて走ったつもりだが、目撃者との距離は変わらなかった。


新藤は単純な走力で逃げることは諦め、施設内に飛び込んで、どこかの部屋に隠れた方が良いと判断した。道を左に折れ、施設の入り口につながる道に入る。目の前の入り口から施設内に入ろうとしたが…ドアノブに手をかけると重たい感触が返ってきた。鍵が締まっている…。


「行き止まりだ」と背後から声が。


目撃者はすぐに新藤に追いついてきた。しかも、ここは塀に囲まれた一本道。逃げるには、正面に立つ目撃者を排除するしかない。


新藤は、僅かな照明を頼りに、目撃者を観察した。どうやら、思っていた以上に若い。十代だろうか。高校生…もしくは二十歳になったばかり、といった容貌である。


「顔を見せろ。何をしていた?」


声も若い。この施設の参加者なのか。いや、怪しい人物を見付けて追いかけてきた、ということはスタッフなのだろうか。


目撃者が一歩詰め寄ったのを見て、新藤は考える。少々手荒な方法であはあるが、間合いに入った瞬間、彼の顎を狙って素早く右ストレートを放ち、一撃で失神させるしかない。


だが、目撃者はなかなか間合いに入ってこなかった。こちらを観察しているのか、じっとこちらを見つめて動かない。向こうが間合いに入ってくるのを待つ方が確実ではあるが、時間をかけてしまったら、別のスタッフがやってくることも考えられる。時間を置けば置くほど、不利になるののは新藤だ。


新藤は、自ら踏み込んでから、右ストレートを放つことを決意する。子供を殴ることに抵抗があり、少し距離が遠いことも気になるが、やるしかない。


新藤は右足で地を蹴って、間合いを潰す。そして、十分な距離から右ストレートを放った。当初の作戦とは違うが、新藤の拳は十分に速い。普通の人間なら、この距離から拳を放たれたら、反応できずに失神するはずだ。


しかし、拳は空を切った。


目撃者は腰を低くしつつ、顔の位置をずらし、新藤の拳をやりすごしたのだ。新藤は、相手の反応に一瞬驚愕したが、すぐに冷静を取り戻し、間合いを取った。


目撃者は黙って新藤の動向を窺っているらしかった。一撃を回避してみせたのは、偶然だろうか。それとも、格闘戦の心得があるのか。もう一度、同じように拳を放って試すしかない。


新藤は、拳を放ちやすいように構えたが、相手は仁王立ちのまま変わらない。反応しやすいよう、腰を落とすことがないのであれば、先程の回避は偶然だったのか。


新藤は再び踏み込む。先程よりも、鋭さを心がけた速いパンチだ。それは、目撃者の顎に吸い込まれるかのように、何事もなくヒットすると思われたが…。


目撃者は最小限に体を捌いたかと思うと、新藤を上回るスピードで、反撃の拳を放ってきた。見事なまでのカウンターだ。それは、新藤の顎をかすめ、鋭さを感じる一撃だった。


新藤は距離を取りつつ、相手が只者ではない、と確信する。それだけ、拳に切れがあるのだ。これだけのレベルのパンチは、今まで一人しか会っていない。それだけ強烈なものだ。できれば、サングラスとマスクをした、限られた視界で、やり合いたくはない相手である。


しかし、背後は鍵のかかった扉。もちろん、降伏するわけにはいかない。新藤は、顔を見られることなく、この実力者を撃破しなければ、依頼を達成するどころか、自分の命すら危ういかもしれない。


心の中だけで舌打ちをした瞬間、目撃者が地を蹴った。

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