表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
137/251

7

大原結衣は、意外にもすぐに見付けられた。

午前中、畑仕事の最中のことである。新藤が熱心に畑仕事に取り組み、こんな生活もなかなか悪くないと充実を感じていた。一度腰を伸ばそうと、視線を上げたとき…少し離れたところで大原結衣が歩いているのを目撃する。


新藤は「大変な作業ですね」と周りに愛想を振り撒きながら、畑を離れると、先程見た女性が大原結衣なのかどうか確認した。横から見ても、正面から見ても、写真で見た大原結衣であることは間違いないようだ。


「大原さんを見ているの?」


突然、横から話しかけてきたのは、下内だった。


「藤堂さん、彼女みたいな人がタイプ?」


「ち、違います」


「じゃあ、どうして見ているの?」


新藤は周りの目を気にして、できるだけ人がいない方に、下内を誘い出す。


「彼女と知り合いなんですか?」


「知り合いというか…あの人、少し有名だから」


「有名? どうして?」


「天才なんだって。普通の人なら、何回も夜の瞑想を重ねて、少しずつ扉が見えたり、少しずつ特別な力を使えたりして、覚醒するんだけど、あの人は違うみたい。凄いペースで色々と習得して、特別演習の参加者の中でも飛び抜けているから、スタッフだけじゃなくて、他の参加者にも注目されている。だから、私なんかでも知っているの」


「なるほど…」


新藤は、遠くで淡々と畑仕事を淡々とこなす大原結衣の背中を見つめる。きっと彼女は、ここで新しい居場所を見付けたのかもしれない。そう考えると、頑なにこの施設を出ないことも頷ける。


「有名だから見ていたんじゃないの?」


「え?」


下内が新藤の顔を覗き込んでいた。疑わしいと言わんばかりに眉を寄せた彼女に、どう答えるべきか、新藤には分からなかった。


「そうじゃなかったら、やっぱりタイプだったってこと?」


「いや、そうじゃなくて…」


「じゃあ、何で見ていたの?」


さらなる追い打ちに、新藤は目が泳ぎ始める。それを見て、下内は許すように柔らかな笑みを見せた。


「何ですか?」


と新藤はその笑みの意味を確かめるが、下内は首を横に振る。


「貴方と喋っていると、この世界の良いところを、何となく思い出しちゃうからさ。何て言うか…懐かしい気持ちと、自虐的な気持ちが同時に…」


下内は目を細めどこか遠くを見た。その表情に、新藤は手を伸ばしたくなるような感覚に襲われる。


「下内さんは…ここの生活に満足していないのですか?」


「満足しているわけないじゃん」


「でも、ここに理想の何かがあると思ってきたのでは?」


「そうだよ。だけどね。理想の場所なんてどこにもない、って確認できただけだった。ここが世界の果て。その向こうには何もない。私が行きたいのは、もっと向こう側なんだ」


「それって…どこに?」


「どこにもない。だから、本当はこの世界に順応できるよう努力した方が、幸せになれるんじゃないかって…少し後悔することがある。今更…戻れないけれどね」


「そんなことはないと思います。いつだって、どこからでも…人はやり直せるはずです」


「私には無理。弱い人間だから。それとも…貴方が支えてくれるの?」


「それは…」


新藤は言葉に詰まる。彼女は新藤の答えを待つように、数秒間黙って見つめてきたが、やがて求めている言葉は返ってこないと悟ったように、笑みを零した。


「明日香ー!」


それと殆ど同時に、どこからか彼女を呼ぶ声があった。下内は振り返り、手を上げて応える。


「ごめん。同じ班の人が呼んでくるから戻らないと。またね」


「…はぁ」


立ち去る下内の背を見て、新藤は胸を撫で下ろす。下内明日香という人間の内面に、どこか引きずり込まれるような感覚があったのだ。もし、あのまま会話を続けていたら、新藤は何かを失ったとしても、彼女を助けるために、力を貸すことになったかもしれない。そんな気さえした。


下内の姿が見えなくなり、大原結衣から目を離していた、と慌てて周囲に視線を巡らせるが、彼女の姿は最初に見た場所から、さほど離れていないところにあった。改めて安堵し、新藤は彼女を監視を続けた。




夕方、新藤は施設を抜け出し、林の方へ入った。如月に合流するためだ。昨日と同じ場所で、如月の姿はすぐに見付かった。昨日の夜から今日の午前中の出来事を報告したが、下内明日香から感じ取った何かについては、自分でも気付かないうちに伏せていた。すべてを聞き終えた如月は低く唸る。


「大原結衣を見付けたことは朗報だけど、ますます不穏な空気を感じるね」


「そうなんですよ。このままだと、大原結衣は向こう側の世界とやらに消えてしまうかもしれません。その前に、彼女を連れ出さないと」


「それもそうなんだけれど、あのときと類似している点があまりに多い」


如月は神妙な顔付きで説明する。


「これだけ似ているとなると、やっぱり背後には、同じ組織が絡んでいると考えられる。嫌な予感がしてならないな」


そう言えば、と新藤は思い出す。如月は、あのときの事件を終えた後、暫く沈み込んだ様子だった。何か思うところがあったのか。それとも…。


「とにかく」


如月が新藤の思考を遮る。


「早目に動いた方が良いかもしれない。できれば今日か明日、大原結衣にはコンタクトを取りたいところだ。それから、本当に異能者があの施設に存在しているのか、確認しておいてくれ」


「分かりました」


「じゃあ、これ」


如月が差し出したのは、帽子とサングラス、それからマスクだ。


「なんですか、これ?」


「変装セットに決まっているじゃないか。色々と探るとしたら、こういうものが必要だろう」


「……そうかもしれませんけど」


新藤はそれらを受け取り、解散する運びとなった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ