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瞑想の時間を終えると、多くの人が食堂に向かうようだった。人が集まるなら、大原結衣が見つかるかもしれない、と新藤も食堂に向かう。
食堂には、新藤が思っていた以上に人が集まっていた。きっと、この施設で生活している参加者は、きっと百人程度だろうと考えていたが、そんなものではない。二百…いや、三百はいるのだろうか。どうやら、部屋に篭っている参加者も少なくないらしい。大原結衣が部屋に篭るタイプだとしたら、簡単には見つけられないことになる。新藤は、食事を取りながら、蠢く人の波から大原結衣を探そうとしたが、やはり難しいことのように思えた。
これは長丁場になりそうだ、と新藤が溜め息を吐いたところ、すぐ横に誰かが座った。
「また会ったね」
それは、昼間に話した下内明日香だった。
「どうも…」
「こんばんは」
また下内からしつこく質問されてしまうのだろうか、と新藤は内心警戒したが、そんなことはなく、彼女は隣で淡々と食事を口に運んだ。彼女は何が目的で自分に近付くのか、と新藤は考える。もしかしたら、議員秘書が潜り込ませた人たちの誰かが、彼女と関わりを持っていたのだろうか。だとしたら…。
「何か聞きたいことがあるんでしょう?」
下内の先読みされたかのような言葉に、若干動揺する新藤だが、何とか取り繕う。
「聞きたいこと、ですか?」
「無理しなくて良いよ、分かるから。昼間は、貴方にたくさん質問しちゃったから、今度は私が答える番っていうのはどう?」
「どうって言われましても…」
そう言いながら、新藤はこの施設の内情を知る、絶好の機会ではないかと思い直した。
「じゃあ、何個か良いですか?」
「どうぞ」
と下内は笑みを見せた。
「夜の瞑想に参加したのですが…参加者の一人が瞑想中に扉が見えた、みたいなことを言っていたんです。下内さんも瞑想中に、そういう不思議な体験をしたことはありますか?」
下内は横目で新藤を見たが、すぐに食事の方へ視線を戻した。
「あるよ。何回か。目を閉じているのに、扉が浮かび上がってくるの。それで、何となくその扉を開けられそうな感覚になる。開けられたことは、ないけどね」
「瞑想以外にも、この施設で不思議な出来事を体験できるんでしょうか?」
「できるよ。入会してきたばかりの人に、伝えちゃいけない決まりなんだけれど…生活態度とか、瞑想の熟練度とか、そういうものを評価されると、特別演習というものに参加できるの」
「特別演習ですか…?」
「そう。それに参加すると、中には覚醒する人もいる」
「覚醒…」
大袈裟な言葉に新藤は茫然とする。
「冗談みたいだけど、本当の話なの。覚醒すると、凄い力を発揮できて、触れずに物を浮かせたり、腕の細い人が片手でリンゴを潰してみせたり、そういうことができるの」
新藤の頭の中には、プシヒーとイスヒスという言葉が浮かんだ。以前の事件とやはり酷似している。
「そして、覚者となって最終的に、向こう側の世界に至る」
「向こう側の世界って…なんですか?」
下内は首を横に振って「そこまでは知らない」と言った。
「知らないけれど、向こう側の世界に至ったとされる人は、誰もが姿を消した…ということは有名だよ」
「それが…下内さんが感じた、この施設の恐ろしいところですか?」
彼女はそれには何も言わず、ただ微笑みを見せたが、それは肯定の意味に違いなかった。
「この施設で生活を続けるということは、どこかへ消えてしまうことを意味するの。私も、最初はそれを望んでいたのかもしれない。この世界で生きることが、とても窮屈で、どこまで行ってもその感覚はなくならない。きっと、別の世界にでも行かない限り…それは解決しないと分かっていたから、別の世界を望んだ」
「そんなことは、ありません。この世界のどこかに、自分の居場所は絶対に見つかるはずです」
下内の目は絶対的な孤独を見つめているようだった。それは間違っている、と新藤は否定してみせたが、下内は悪戯な笑みを見せて言うのだった。
「ほらね、ここに来る人は、絶対にそんなことは言わない。貴方の目的は何?」
新藤は苦笑いを浮かべ、目を逸らす。
「ねぇ、教えて」
「今は僕が質問する番なんですよね?」
「まぁ…うん、そうだけど」
それから、新藤はいくつか質問を続けた。どうすればスタッフに評価されて次の段階へ進めるのか。どこで特別演習が行われているのかなど。しかし、下内は確実なことは知らないらしく、あやふやな回答した得られなかった。




