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日が落ちて、夜の座禅の時間が迫った頃、新藤はこっそりと施設を抜け出し、林の方に入ると、建物から南東という大雑把に決めた合流地点へ向った。如月と合流する予定だが、施設に入るときは、通信手段は一切断つように言われていたため、連絡する方法がないのだ。
「新藤くん、こっち」
夕闇に紛れ、木の影から、如月が顔を出していた。
「良かった、合流できて。議員秘書から大まかな地理を聞いておいてよかったよ」
「僕も如月さんの顔を見て、ほっとしましたよ」
と言って、新藤は大きく息を吐いた。
「それで、どうだった?」
「いや…今のところは、普通に行き場を失った人たちが、別の生き方を模索するためのコミュニティって感じで、大原結衣らしき人物も見当たりません。でも、気になる話は聞きました」
新藤は下内から聞いた話…というよりは、彼女が抱いている恐怖心について如月に説明した。
「なるほど。もう少し具体的な話を聞いておきたいところだけれど、仕方がないね。如何にも何か起きそうなのは、夜の瞑想とかいう時間だろうね」
「この後、それに参加してきます。大原結衣がそれに参加していると良いのですが…」
「それもそうだけど、君自身が洗脳されたり、闇の葬り去られてしまうのではないか、という心配もした方が良い」
「その辺はいつものことなので」
苦笑いを浮かべる新藤だが、如月は深刻な顔で首を横に振った。
「聞いた感じだと、この施設の雰囲気…何かに似ていないか?」
新藤は首を傾げる。
確かに、どこかで感じたことがある空気だったかもしれない。
「この前の事件、覚えているだろう。あれによく似ている気がするんだ」
「この前って…あのセミナーの?」
如月は頷く。新藤の中でも、何かがしっくりくるような感覚があった。つい最近、如月探偵事務所が関わった事件で、学生を対象にしたセミナーが、危険な異能者を作っている、というものがあった。
依頼内容は達成した、とは言えるが、黒幕と言える人物は姿を消し、何とも後味が悪い事件だった、と新藤は記憶してる。この施設の雰囲気にあった、何とも言えない既視感は、あのセミナーだったのだ。さらに、如月は言う。
「もしも、今回の事件があのときと関連性が深いもの…いや、同じ黒幕によって引き起こされているとしたら、複数の異能者が何かしらの悪事を企んでいる恐れがある」
組織的な異能犯罪。そして、その裏に存在したメシアという人物。この施設の中にいるとしたら…その目的を知ることになるだろうか。新藤は如月の警告を発するような視線に、深く頷いた。
「あ、藤堂さん。どこに行っていたのですか? 夜の瞑想の時間ですよ」
施設に戻ると、スタッフの女性に声をかけられた。新藤は慌てて「今行きます」と答え、集合場所へ向かった。そこは、会議室のような広い場所だが、椅子も机もなく、集まっている人々は床に腰を下ろしていた。全部で十名ほど。施設で生活する人間は、百を超えているはずだが、夜の瞑想に参加するのは、これだけなのだろうか。
「あの、夜の瞑想は全員参加ではないのですか?」
新藤は近くに立っているスタッフらしき男性に聞いていた。
「そうですよ。あ、人数が少ないのは、参加者が体験入会の人に絞られているからです」
言われてみれば、バスの中で見た顔ばかりが揃っている。
「他の方は、今日は瞑想は行わないのでしょうか?」
「いいえ。ここで生活する全員が、毎晩のように瞑想を行います。ただ、ここで生活した月日や、上達の具合によって、クラスが異なるので…全員が同じ場所で瞑想する、というわけではないのですよ」
「なるほど」
だとしたら、ここで大原結衣を見付けることも難しいだろう。大原結衣がいないのだとしても、下内ともう一度会って話しがしたかったが…それも叶わないようだ。
新藤は、多くの参加者がそうしているように、床に腰を下ろした。すると、ちょうど進行役らしいスタッフが前に出てきた。
「それでは、夜の瞑想を始めたいと思います。夜の瞑想では、リラックスして心を静めることが目的です。その上で、無心になること、神に祈ること、自身の在り方を見つめ直すなど、それぞれ自由に思考を巡らせてみてください。
この夜の瞑想を続けることで、奇跡的な体験をした、と言う人は少なくありません。中には初日に経験した、という人もいるくらいです。皆さんもそんな経験ができるよう、ぜひ集中して瞑想を行ってくださいね。それでは、まずは集中力を高めるため、こちらをご覧ください」
室内の証明が落ちると、プロジェクターによって正面に映像が映し出された。映像の内容は、特に意味があるわけではなく、幸せそうな親子が微笑んでいたり、動物が草原を歩いていたり、というものだった。そう言えば、例のセミナーでも広いホールで、このような映像が流れていた…と新藤は思い返す。
映像は五分ほどで終わり、進行役のスタッフが
「それでは、目を閉じて瞑想を始めてください」
と告げた。新藤はどうしたものか、と周りを窺うが、誰もが素直に目を閉じているらしい。辺りを見回しているのも不自然なので、新藤は目を細めて誤魔化すことにした。静けさが訪れ、十分以上が経過したが…。
「見えた!」
誰かが突然叫び声を上げた。室内にいる殆どの人間が、その声の方へ視線を向ける。その先には若い女性が天を仰ぐようにして、歓喜の表情を浮かべていた。よく見ると、涙まで流している。
「何が見えましたか?」
進行役のスタッフが訪ねる。
「瞑想中に、見えたんです。暗闇の中に…扉が浮かんできて!」
それから、女性は必死に自分が見た光景を説明するが、興奮気味であるせいか、新藤には理解できるものではなかった。
それどころか、周りも理解できずに困惑している様子だったため、進行役のスタッフはその場を収めるためにも、瞑想の時間の終了を告げた。




