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新藤は次に体育館の方へ向かった。先程の場所に比べると、流石に活気らしいものがある。若者たちが中心になって、バスケットボールを楽しんでいる。笑い声や掛け声もないことはないが、どこか乾いた空気が漂っていた。この中にも、大原結衣らしき人物は見当たらない。


外を散歩している人間も少なからずいるようだ。新藤は外に出て、施設の周りを一回りすることにした。外を当てもなく歩いている人々は、ペースがとてもゆっくりだ。何と言うか、動物園に展示されている動物のように、ぼんやりと過ごしているように見える。施設を一回りしてみたが、やはり大原結衣は見つからなかった。


新藤は日当たりの良い場所に設置されたベンチを見付け、そこに腰を下ろした。どうしたものか、と辺りを見回しながら考える。社交的な人間もいないし、誰かと親しくなって情報を引き出すにも時間がかかりそうだ。スタッフにはもちろん聞けることではない。一日目とは言え、なかなか骨の折れる仕事であることが予想された。


それにしても、良い環境だ、と新藤は心の中で呟いた。緑は多く、それは青い。聞こえるのは風の音と鳥のさえずりで、騒音なんてものは決してなかった。この環境でゆっくりと働く、という生活は決して悪くはないだろう。


「こんにちは」


突然、声をかけられ、新藤は驚きながら、その女性を見た。


「良かったら隣に座っても良いですか?」


「ど、どうぞ」


女性が座るスペースを作りながら、社交的な人間もいるではないか、と少しだけ安心する。


「ありがとう」


礼を言って隣に座った女性の横顔を見ると、新藤は緊張に固まった。何だか見覚えのある美人だ。もしかして、テレビにでも出ていた人なのではないか、と思うほど、顔立ちが整っている。


「お名前、聞いても良いですか?」


と女性に尋ねられる。


「あ、藤堂です。藤堂春夫。今日から、体験入会しています」


「私は下内明日香。よろしく」


「よろしくおねがいします」


顔が熱くなる。新藤にとって美しい女性像というのは、まず如月が頭に浮かぶが、そのイメージに勝るとも劣らない魅力が彼女にある。むしろ、如月の自分勝手な性格を知っている分、下内の方が可憐に見えるくらいだ。


「藤堂さん」


「は、はい」


「貴方、もしかして、体験入会の他に目的がある?」


「…え?」


唐突にナイフを見せられたような感覚に、新藤は動揺するが、下内はつまらない冗談でも口走ってしまったような笑顔を見せた。


「最近、そう言う人が何人かいたから、分かるの。皆、急にやってきて、すぐに消えてしまったけれど」

それは、議員秘書が潜り込ませた人間に違いなかった。


「あの…何のことだか」


と新藤は誤魔化す。


「嘘を言わなくても良いの。ここに訪れる必要があった人たちと、貴方は雰囲気が違うから。この世界に絶望しているわけでもないし、ここではないどこかを探しているわけでもない」


ここではないどこか。如月と話していたワードが不意に出てきて、新藤の動揺が誘われるが、表情に出ないよう顔を引き締める。


「目的は何? 何かの調査? 誰かを探しているとか?」


下内の口元は妖しげな弧を描き、新藤に迫るように顔を寄せてきた。


「あの、本当に…何も知らないんです」


下内は真偽を見抜こうと、さらに顔を寄せ、新藤は今にもベンチから落ちてしまいそうなくらい追い詰められた。次はどんな質問が飛んでくるのか、と恐れたが、彼女は意外にも引き下がった。


「そう、ただの体験入会なんだ」


新藤は安堵しつつも、下内が好奇心の強さに、どこか違和感を覚えた。いや、このような環境に長くいたら、ちょっとした事件があれば、好奇心が刺激されるのかもしれない、と思い直したが…。


「じゃあ、最後に一つだけ教えて」


「えっと…僕が知っていることなら、答えられます」


「……やっぱり、ここって危ない団体なの?」


新藤は彼女の好奇心について、考えを改める。彼女はこの施設、もしくは団体に対し、何らかの猜疑心を持っているようだ。


「やっぱりって、どういうことですか?」と


新藤は恐る恐る聞いてみたが、彼女は首を横に振った。


「答えられないなら、良いよ」


彼女は視線を逸らし、黙り込んでしまうかと思われたが「でも」と言って続けた。


「もし、本当にここが危険なら、教えてね」


彼女は何かを怖れている。怖れるだけの何かがあるのか。大原結衣を連れ戻すため潜入した人間も、その何かに消されたのかもしれない。


「この場所が、恐ろしいと感じるときがあるのですか?」


今度は新藤が聞いてみた。


「時々だけどね」


「どんなところが?」


「そうだね…今私が伝えるよりも、実際に体験した方が良いと思う。ここの危ない雰囲気は、すぐに感じられると思うから」


下内は笑顔を見せているが、その裏側には明らかな恐怖があった。彼女はここにいるべきではない。助けられるのなら、助けられないだろうか。そんな考えが過る。


「恐ろしい場所なら…ここから出れば良いじゃないですか」


新藤は触れて良いのか曖昧なラインの質問だと思ったが、あえて踏み込んで聞いてみた。すると、彼女は下らないと言わんばかりに鼻で笑った。


「そんなこと、できるわけないじゃない」


「どうして…?」


彼女は笑顔を消して、呟くように言った。


「だって、ここから出たとしても、行く場所なんてないもの」

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