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議員秘書から聞いた情報を辿り、大原結衣が所属しているコミュニティ「明日を作る会」に潜入することは、それほど難しいことではなかった。


「それでは、ここにお名前を記入してください」


受付の女性に促され、新藤は書類に描く。藤堂春夫。適当に作った偽名である。


「お願いします」


新藤が書類を渡すと、受付の女性は軽く確認し、笑顔を見せた。


「ありがとうございます。では、少しお待ちください」


そう言って、女性はカウンターの奥へ消えて行った。


ここは、都市内にあるビル街の一角。明日を作る会に入会を希望する人々の受け皿となるオフィスらしい。オフィスは大して広くないが、カウンターに三名、その裏に五名ほどのスタッフが黙々と作業している。これだけの人数が働いていると言うことは、それだけの需要があるのだろう。


新藤は、毎日慌ただしい生活に疲れた若者で新しい生き方を模索している、という設定を作り、入会を希望してみた。すると、簡単な面談と書類作成だけで、入会が認められてしまったらしい。受付の女性は戻ってくると、一枚の用紙を新藤に差し出した。


「では、ここに書かれている内容に従って、体験入会に参加してみてください。藤堂さんが安心できる明日を見付けられるよう、全力でサポートいたします」


「ありがとうございます」


「それでは当日、よろしくお願いします」


その用紙は、一ヵ月の体験入会を案内するもので、日時と集合場所が記載されていた。三日後、この集合場所に送迎バスがやってくるらしく、それに乗り込めば、大原結衣のいる施設に潜入できるはずだ。


当日、新藤は指定の場所でバスを待った。車に乗った如月が少し離れたところから見守っているはずである。周囲には、新藤と同じく明日を作る会の入会希望者らしき人間が、三人ほどいたが、誰もが警戒するように距離を取って、言葉を交わすことはなかった。


殆ど時間通りにバスはやってきた。明日を守る会の体験入会の方はこちらです、とバスを降りてきた女性スタッフに促され、新藤を含めた三名が反応した。実際、バスに乗り込むと体験入会の希望者らしき人間が、十名ほど座っていた。


バスが発進し、一回だけ別の集合地点に停車して、一名を迎え入れたが、後はパーキングエリアの休憩だけで、目的地まで走り続けた。新藤は如月がちゃんと運転できているだろうか、と心配でたまらなかったが、それはもう信じるしかなかった。


新藤が車に乗り込んだ時刻は朝の九時で、目的に到着したのは昼の二時を過ぎていた。かなり遠くまで移動したらしく、辺りは田舎の風景が広がっている。目的地はさらに山の上で、周辺に娯楽施設と言えるものどこか、民家らしきものはない。ただ、学校のような白い建物があるばかりだ。


「あちら、正面に見える建物が、これから皆さんが一緒に生活する場になります。それでは、私に付いて来てください」


女性スタッフの後を参加者たちが付いて行く。誰もが精気のない目で、何となくここにやってきたような雰囲気であった。ここにいる誰もが、ここではないどこかを探して、この体験入会に辿り着いたのだろうか、と新藤は彼らを見て思った。


その施設は、学校と言うよりは病院に近かった。多くの人が交流できる談笑スペースや食堂、診察室のような場所から、各々が寝起きする個室。外には、野球ができそうな広さのグランド、ここの生活を支えているのであろう畑もあった。


新藤たちはまず食堂に通され、食事を取った。野菜が中心の質素な食事である。三十分ほど経過すると、先程と同じ女性スタッフが施設の説明を始めた。


「ここの生活は、朝の畑仕事と夜の瞑想、それから週に一回の面談があること以外は、基本的に自由です。空いた時間は好きなことをして過ごしてください。誰かと会話するのも良し、自分の世界に篭って考えるも良し、何か創作に打ち込むのも良しです。ここで過ごせば、自分は何をしたいのか、自分が求める生き方は何なのか、そういった問題の答えが、きっと見つかるでしょう」


その他にも、浴場や食堂といった共同スペースに関する連絡事項があり、夜の瞑想までの時間は自由時間となった。


新藤は、与えられた自室に僅かな私物を置きに行くことにした。自室は四畳半の簡素なもので小さい収納と低いテーブル、布団があるだけ。何てミニマムな生活なのだろうか、と呆れつつも、同時に感心もしていた。確かに己を見つめ直すには、ちょうど良い環境なのかもしれない、と。


私物を置いて指定された服装に着替えたら、すぐに大原結衣を探すことにした。多くの人が娯楽を楽しむスペースがあるらしい。卓球台やビリヤード台、ボードゲームなど室内で遊ぶゲームが置いてある娯楽室。バスケットやドッヂボールを楽しめる体育館もあるようだ。


新藤は、まず娯楽室に向かう。若者が多いのかと思われたが、そうでもない。二十代後半から三十代と思われる若者が確かに多いが、五十代前後と思われる男女も五人に一人といった割合で含まれている。誰もが真っ白な服を着て、気怠そうな顔でゲームを楽しんでいるが、笑い合うような声は殆どない。本当に時間を潰すために、仕方なく遊んでるように見えた。


新参者の新藤がやってきても、興味がないらしく、見向きもしないため、彼らに溶け込むのはかなり難しいだろう、ということが窺えた。取り敢えず、写真で見た大原結衣らしき人物は、見当たらない。



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