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「依頼内容は、先生の娘さんを連れ戻すことです」


スーツ姿の神経質そうな男は、議員秘書らしい。今回の依頼は、多くのことが伏せられているため、依頼人の本名すら聞くことはできなかった。そのため、議員秘書であるこの男から、断片的な情報だけが提供されるのだった。


先生の名前は伏せられたが、失踪した娘の名前は、大原結衣。二十九歳。一人暮らしで、親との関係は良好…というよりは付かず離れず、という程度。自立心が強く、親の支援は一切受けず、生活を続けていたそうだ。


失踪に気付いたきっかけは、父親…つまり先生が気まぐれで彼女に電話をかけたことだった。食事でも、と誘うつもりが電話がつながらず。試しに人をやって部屋の様子を見に行かせたところ、失踪が発覚した。つまり、失踪した娘の捜索が依頼のようだが…。


「連れ戻す、ですか? 捜索ではなく?」


と新藤は尋ねる。


「はい。お嬢様は数カ月前、お仕事を退職されました。それがきっかけなのか、その時期に消息を絶ってしまい…ただこちらにも、それなりの捜査力はあり、お嬢様の居場所は突き止めています。本来なら、このような小さな探偵事務所に頼る必要はないのですが…」


「では、なぜ?」


新藤は普段と変わらない口調で返したつもりだったが、議員秘書の揶揄にいかんせん顔が引きつる。そんなことは構わず、議員秘書は淡々と答えた。


「お嬢様は、田舎の山奥で見つかりました。そこで、あるコミュニティのようなものに参加し、共同生活を送っています。まるで、農家の暮らしです。そこで妙な思考を植え付けられては困る。我々は穏便に、そこからお嬢様を連れ戻すことを試みたのですが…」


試みた…が、失敗したのだろう。この国の議員にどれだけの権力があるのかは分からないが、小さい探偵事務所とは比べ物にならない捜査力があるくらいなのだから、相応の武力を用意することだって可能であるはずだ。


だとしたら、穏便と言える領域をキープしつつも、多少は荒っぽい手段を選ぶこともできるはず。それにも関わらず、失敗したということが、今回の依頼の肝となるらしい。


「簡単なことだと思いました。数人を潜り込ませて、説得すれば良い。お嬢様が聞かなかったとしても、強引に連れ出すこともできるだろう、と。しかし、実際は違いました。潜り込んだものたちとは、一週間すると連絡が取れなくなり、状況も不明に。さらに一週間経って、一人だけ戻ってきたのですが…」


議員秘書は話を区切り、何かを試すように新藤の表情を見た。だが、新藤からしてみれば、このような話の展開は、何度も経験したことだ。その新藤の態度に、議員秘書は信頼の念を抱いただろうか。彼は小さく頷いてから続けた。


「あそこは、絶望しかない世界だった。そう言って震えるばかりだったのです。それから二度、同じように人間を潜り込ませたのですが…成果はありませんでした」


どうやら、戻ってきた人間はただ一人らしい。


「どうやら、お嬢様が参加しているコミュニティは、絶望の世界と表現されるほど、異様な世界のようです。だから、我々には手に負えないものと認識し、こういった異常な事態を専門とするプロの探偵に依頼するべきだろうと判断しました」


ここで、議員秘書は立ち上がると頭を下げた。


「どうか、お嬢様を連れ戻し、救ってください」


「そ、そんな頭を下げなくても。取り敢えず座ってください」


それから、新藤はいくつかの質問を投げかけ、議員秘書が答える時間が続いた。現時点で知り得る情報をあらかた聞き出すと、そもそもの謎が浮かんできた。


「しかし、どこで我々のことを知ったのでしょうか?」


如月探偵事務所は、異能関係という面では特化していると言えるが、まだまだ知れ渡っているとは言えない知名度のはずだ。議員の目に止まるような存在ではないと思われたが…。


「実は先生を支援してくださっている、あるお方から噂を聞いたのです。この手の事件は如月探偵事務所を訪ねれば、解決に導いてくれるだろうと」


「あるお方…ですか?」


一番重要なところが伏せられている。新藤は確認したが、議員秘書は首を横に振った。


「これ以上は、私の口から…」


新藤は、ここで初めて振り返り、如月の表情を確認した。如月はやや険しい表情を見せ、心当たりがあるのかどうか、いまいち分からない。


依頼書類の記入を終え、議員秘書は改めて頭を下げると、事務所を後にしていった。新藤は一息吐くと、如月の方へ振り返った。


「如月さん、議員さんからの依頼ですよ。如月探偵事務所も、着々と知名度を上げているのではないでしょうか」


「どうだろうね」


と如月は控え目な笑顔を見せる。


「それにしても、お嬢様の家出ですか…。お嬢様は何が目的だったのでしょうか」


新藤は、失踪したお嬢様…大原結衣の生活を想像した。金持ちの親を持って生まれたのだ。きっと、他の同年代の人々に比べたら、不自由のない生活を送っているはず。それが、どうして生活を捨てるようなことになってしまったのか。


「そんなの、一つしかないだろう」


如月はその答えを知っているらしく、当然のことを口にするように言った。


「ここではないどこか。それを探し求めて、家を出たのさ」

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