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「進捗は?」
二人きりになると、如月は重田に尋ねる。重田は肩をすくめ、淡々と答えた。
「順調…とは言えない。それでも着実に進んでいる。ペースアップを望むなら、君にも手伝ってほしいな」
「いや、それよりも前回話していたプロテクトの方はどうだ?」
「昔のものを再利用するつもりだ。まぁ、十分だよ。あれを破れる人間なんて、この世にいるか? 何て言ったって、神の世界の扉だ。その存在に気付くことすら難しいし、万が一、開こうにしても簡単なことじゃない。君だって一人では無理のはずだ。何を気にしているのか、私には分からないな」
「そうじゃない。やつが、生きていた」
「やつ?」
「何年か前に、完全にデリートしたつもりだった。それが、完全に復元されていてね。私の前に現れたよ。今は野上麗、と名乗っている」
「野上麗、か」
「念のため聞くが、まさか重田が復元した、なんてことは?」
「まさか。あんな化物、私は関わりたくない」
「しかし、開発者の中に、あれを復元できる技術を持つ人間がいるか?」
「いないね。私か君か…。後は全員死んだか、順応を終らせている」
「だとしたら、なぜ?」
「完全にはデリートされていなかったのだろう。破損状況によっては、残っている開発者の中にも、ある程度は復元は可能だ。途中からは、やつが自分で何とかしたんだろう。自己修復さ」
「裏切者の可能性は?」
「裏切者、と言って良いのか分からない。残っている開発者、全員が私たちと同じ意見というわけではないからね」
「なぜ復元されているのか、という点については保留にしよう。やつが存在しているとしたら、私はプロテクトの方が心配だ。やつは神の世界の扉だって、難なく開けて土足で入り込んでくるぞ」
「なるほどね。分かったよ。私にできるかどうか、何とも言えないことではあるが、少しでも改良できるよう、見直してみるよ。それより、やつが扉を見付ける前に、君がデリートしてくれることが一番なんだけどね」
「……そのつもりだ」
「取り乱すな。今度は大事なものを奪われないよう、しっかりと守れば良い」
「だから、プロテクトの改良を頼んでいる」
「そっちのことじゃない」
「なら、どっちのことだ?」
「分からないなら良いよ」
重田は飲み終えたグラスの底を見て、どこかシニカルな笑みを見せた。
「それにしても、あいつが生きていたとはね。君にとって、相性最悪の女だ。胸糞悪いんだろうな」
「……そんなつもりはない」
重田は鼻を鳴らすと、ソファを立った。
「もう帰るよ。仕事を急いだ方が良さそうだ」
「頼んだ。それから、君自身も気を付けるように。やつにとっては、君も敵なんだから」
重田は手を挙げてそれに答え、事務所を出て行ってしまった。
重田がいなくなってから、五分ほど経った。その間、如月の頭の中には、いくつもの考えが過っていた。それはどれも、負の感情を湧き上がらせるような、嫌な記憶が大半だった。如月は蘇る記憶を閉じながら、一人呟く。
「今度は…何も渡しはしないぞ、ハダリ」
「戻りましたー。って、あれ? 重田博士、もう帰ったんですか?」
新藤が事務所に戻ったとき、如月は一人で窓辺に立っていた。彼女は振り返って答える。
「うん。仕事が忙しいらしい」
その目は、どこか冷たい感情がこもっている。何かあったのだろうか、と新藤は頭の中で首を傾げたが、それよりも如月を喜ばせることが先だろう。
「なんだ。せっかく、重田博士の分も買ってきたのに」
「お、まさか新作バーガー?」
と如月は目を輝かせる。
「まさかじゃなくても、それしかないでしょ」
そう言って新藤は、呆れたような笑顔を浮かべ、手にした紙袋を持ち上げてみせた。
「おおお、流石は新藤くん。気が利くね、本当。どれどれ、例のブツを見せておくれよ」
「はいはい」
如月は新作バーガーを受け取り、それを包む紙を引き剥がした。
「では早速…いただきまーす!」
かぶり付く如月。
その顔は期待と希望に満ち溢れている。
新藤は、先程の如月の表情を思い出し、何か重田との会話で、彼女の心を乱すようなことがあったのか、と考えた。如月の感情を揺さぶる過去。それも、何か相性が関係して、巡り合わせが上手くいかなかったのだろうか。
考えたところで分からないし、聞いたところで教えてくれるはずがない。だとしたら、新藤にできることは、こうして彼女の機嫌を取ることだけだ。
新藤は、彼女の感想を聞くため、第一声を待った。
如月は一口、二口と食べ進めた後、小さく呟くように言った。
「こりゃ 、相性が悪いな…」
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