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薬の飲み過ぎで、陽菜ちゃんと芳次が頻繁に頭痛を訴えるようになった。それから少し遅れて、孝弘くんも体の痛みを感じ始める。一番薬を控えていた私ですら、軽い症状が見られた。
陽菜ちゃんと芳次はそれでも薬を辞めなかったし、孝弘くんも続けようとした。薬は絶対に、私たちの体を蝕んでいるのに…
いや、心だって異常をきたしているのに、誰もやめようとしなかった。
このままではいけない。
薬を飲み続けたら、体も心も、いつか駄目になってしまう。
陽菜ちゃんと芳次はどうでも良い。
むしろ、このまま薬を飲み続けて、イカれてしまえ、とすら思っていた。
でも、孝弘くんには、これ以上は薬を飲んでほしくない。
だから、私はこれ以上、協力はできない、と彼に伝えた。
「セミナーも、次からは行かない。薬も飲まない」
一緒に…辞めて欲しい。
薬のことがなくても、私を必要として欲しい。彼は薬だけでなく、私にも依存しているのだ、と信じたかったのに…。彼の答えは、そんな私の期待を否定するものだった。
「そうか…今まで、ありがとう」
私は必要がない。そういうことらしかった。
「まだ続けるの…?」
と私は聞く。
「一度で良い。プシヒーの力で、陽菜と共感する。そうすれば…すべてが元通りになるはずだ」
「……そう」
あれだけ私のことを使って、まだ陽菜のことしか考えていない。もう元通りになるものなんて、どこにもないんだ。新しい形を受け入れれば良いじゃないか。でも、彼はそれを認めてくれはしない。
何日か離れれば、孝弘くんも私という存在の意味に、気付いてくれるかもしれない。そう思って、私は日常に戻った。
一週間、私は一人で普通に生活した。
大学には、陽菜ちゃんも孝弘くんも顔を出さない。何をしているんだろう、と気にはなかったが、ここで連絡してしまったら、私は孝弘くんを救えなくなってしまう気がした。きっと、お互い薬漬けになって、身を滅ぼすことになるだろう。
だが、ある日の夜、孝弘くんが突然、私の家にやってきた。
もしかしたら、彼は理解してくれたのかもしれない、と部屋に迎え入れたのだが…。彼を乱暴に私を引き寄せると、無理矢理に薬を飲ませた。そして、彼自身も薬を飲むと、いつものように自分の衝動を私にぶつける。すべてを受け止めた私は、立っていられず、横になったまま出て行く準備をする孝弘くんの背中を見ていた。
「もしかしたら、一カ月後のイベントでメシアに会えるかもしれない」
と彼は私に背を向けたまま言った。
「メシア?」
「セミナーに参加して、評価され続ければ会える、凄い人なんだ。メシアは薬で得た力を安定させることもできるらしい。そうすれば、副作用にも困らないし…力の相性も変更できるって聞いた」
「相性も…? じゃあ、孝弘くんはプシヒーに?」
彼は頷いた。
「…駄目だよ」
何が駄目なのか、説明はできなかった。でも、それが引き止めるための、精一杯の言葉だった。彼は部屋を出た。それから、孝弘くんは姿を現してくれなかった。
このままでは、孝弘くんはプシヒーの力を手に入れてしまうかもしれない。
そしたら、私はどうなるんだろう。
本当に彼と陽菜ちゃんの相性は、合うのだろうか。
そんなことは、絶対に許されない。
陽菜ちゃんのせいだ。
芳次のせいだ。
あいつらが、孝弘くんを巻き込んだ。薬漬けにした。どんな手を使ってでも、孝弘くんをあいつらから遠ざけなければ。
そして、私は如月探偵事務所のことを知る。
事件を終え、私も孝弘くんも、力を失った。薬はもうないし、体に残っていた副作用も、如月という人に触れられてから、嘘みたいになくなった。私と孝弘くんは、普通の大学生に戻った。陽菜ちゃんの姿は、まだ見ていない。
孝弘くんは、私に話しかけてくることはなかった。だから、私も距離を取ることにした。それでも、同じ教室で一緒に授業を受けることもある。私は後ろの方の席に座って、彼の背中を遠くから眺めた。
まだ、陽菜ちゃんのことを考えている。
それがよく分かった。きっと、まだ長い時間、忘れることはない。彼はあの女のことを思い出す度に、傷口が痛むのだろう。私の中には、彼に対する失望がないわけではない。
でも…知ってほしい。
彼には、私しかいないのだ、と。
私こそ、貴方と相性の良い女なんだ、と。私は授業で使われるプリントの裏面に、躊躇いながらも、自分の気持ちを短く綴った。
「私は大丈夫。いつでもおいで」
そして、授業が終わっても、教室から出ようとしない彼の傍らにそれを置いた。私は無言で立ち去り、教室を出るとき振り返って、彼の様子を見た。何を考えているのか、私のメッセージを見つめ、彼は動かないままだった。
その日の夜、彼は私の家を訪ねてきた。
私は黙って迎え入れ、何も言わず泣き出す彼を抱きしめた。何を思って泣いているのか…知りたくはない。
でも、今はこれで良い。
いつの日か、身も心も、私だけを求めるように、きっとなる。
そのときまで、こうして私の胸の中で泣けば良い。許してあげる。貴方を手に入れられるなら、支配できるなら、何度だって許してあげる。
あの探偵事務所に依頼して…本当に良かった、と思う。
だって、すべて私が願った形になったのだから。




