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26

新藤は車に乗り込む。助手席には如月。後部座席には、陽菜と芳次が座っている。二人とも、疲れ切った表情だ。如月も無言である。新藤もやはり黙ったまま、車を出した。


長い時間、車は移動し続けた。たまたま、新藤がバックミラーを覗いたとき、後部座席の様子が見えた。二人は、それが何かの誓いであるかのように、お互いの手を強く握り合っていた。


新藤は、見なければ良かった、と後悔する。


きっと、この二人は…孝弘が秘めていた想いも、朱里が秘めていた想いも、今の今まで気付いていなかったのだろう。今だって、知っただけで理解はしていないはずだ。


よく見る風景が増えだしたころ、陽菜と芳次は「この辺りで大丈夫だ」と言って、車を降りた。何度も礼を言って、街中に消えて行ったが…新藤は自分に感謝する気持ちがあるのなら、せめて孝弘と朱里が幸せになれるよう、祈って欲しいと願った。


「思うところがあるようだね、新藤くん」


二人が降りると、早速如月が口を開いた。新藤はその点について、語りたくはなかったので、深く溜め息を吐いた。


「それは…もちろん、ありますよ。でも、ありふれたことです」


「そうだね」


暫く黙って車を運転する新藤だったが、やはり言葉が欲しかった。如月の言葉が。


「あの、如月さん…」


「なに?」


「二人は、どうなると思います?」


「どっちの二人?」


「もちろん、朱里ちゃんと孝弘くんですよ」


「まだ二人は若い。本当にお互いにとって必要なパートナーなのか、時間をかけて理解し合えば良いさ」


「だけど…二人は深い傷を負ってしまった。陽菜ちゃんと芳次くんは…何も思っていないみたいだけど」


「…だからと言って、陽菜さんと芳次くんが不幸になれば良い、という話でもないはずだ」


「それは…そうですけど」


今回の事件は、何が人々を狂わせてしまうのだろうか。新藤は一つの言葉に辿り着く。


「そうですけど、朱里ちゃんは強く孝弘くんを想っていました。孝弘くんも長い時間、陽菜ちゃんを想っていたみたいです。だけど、相性の一言で二人の想いが壊されてしまうなんて、何か理不尽に思えませんか?」


「相性って言うけれどね、そんなものは意外なきっかけで、結び直されるものだよ」


「結び直される、ですか?」


「そう。苦手意識のある食べ物でも、以外なきっかけで口にして、それから好きになってしまうことだってあるでしょう」


あっただろうか、と新藤は思い返すが、首を捻ってしまう。


「人間だって一緒だよ。苦手だと思っていた人が、何かのきっかけで、魅力的に思えることがある。それは意外な一面を知ったことが原因かもしれないし、ただのタイミングかもしれないし、お互いが寂しかっただけかもしれない」


それは確かに、そうなのかもしれない、と新藤は思う。


「じゃあ、朱里ちゃんと孝弘くんの想いが報われることもあるんですか?」


「それはもちろんあるだろう。大事なのは、相性が結び直されるまで、努力だったり、相手を尊重したり、そういうきっかけを作り続けることだ。まぁ、だからと言って二人の今の気持ちが報われるとは限らないけどね」


「そうなんですよね。誰かの幸せが、誰かの不幸になるのは…何か納得できない気持ちが残ってしまいます」


「いや、確かにその瞬間的はそういう結果に見えるかもしれないけれど、何も今の想いをいつまでも続ける必要はない。思いもよらぬところから、相性が舞い込んでくることだってあるんだから。そのとき、掴める幸せを掴めば良いさ」


「何だか行き当たりばったりのような気もしますね」


「そうかもしれない。でも、どれも今の自分の気持ちだけが本当なんだ。その瞬間の想いを全力で大切にすればいい」


「そうなんですかね…」


「君ね、他人の幸せや不幸を心配してばっかりだけど、少しくらい自分のことを考えたらどうだい? 幸せでもない人間から、ああだこうだ言われても、何の説得力もないよ」


「ぼ、僕の幸せですか?」


「そうだよ」


新藤は、自分の幸せは何か、ということを考えた。


「あの、実はですね…僕は今、割りと幸せなんじゃないかなって思っているんです。だって、自分にとって一番大切な人の傍で、その人を助けて、その人の役に立てるよう、頑張っていられるんだから。だから…その、ですね」


新藤は如月の方を見た。

どんな顔をしているのだろうか。

それが気になったのだ。


だが、如月は窓の外で流れる景色を眺めているのか、無反応である。


「如月さん?」


呼びかけても返事がなかった。

その代りのように、小さい寝息が聞こえてくる。


新藤は小さく溜め息を吐くと、呟いた。


「まぁ、相性としては…悪くないと思うんだけどな」

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