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25

孝弘が振り上げた拳は、確かに芳次の顎を捉えた。薬を使った孝弘の力なら、芳次の首の骨をへし折ってしまうかもしれない。


だが、芳次はそれを顎に受けて、ただよろめいて尻餅を付いた。芳次は頬を抑え、どこか茫然と孝弘を見上げる。


「何で…?」


と呟いたのは、朱里だった。


ついさっきまで、溢れ出す力によって新藤を抑えつけていた彼女だが、それが突然失われてしまい、混乱しているようだった。新藤は、朱里の細い腕を優しく振りほどくと、如月に言った。


「助かりました、如月さん…。でも、もう少し早く来てくださいよ」


「いや、もっと前から来ていたよ。ただ、彼の異能には、私の力が及ばないよう、プロテクトがかかっていた。それを解除するまで、時間がかかってしまった」


「プロテクトを解除、ですか…?」


「そう。ただ、解除中は広範囲に異能キャンセルを展開できるわけじゃないし、私も動き回ることはできない。プロテクト解除のため、孝弘くんに力を集中させているからね。だから、私が近くにいても、この子は異能を使えたわけ」


「なるほど。…あっ」


新藤が声を上げたのは、孝弘がまだ芳次に飛びかかろうとしているところを目撃したからだ。


「もうやめよう。君にはもう力なんてないんだから」


二人の間に割って入る新藤だが、孝弘はそれを跳ね除けた。


「力とか…関係ないんだ! 俺は…陽菜を!」


「君の気持ちは分かったよ。でも、暴力で何もかも手に入るわけじゃない。暴力を使えば、別の暴力に止められるか、奪い返されるだけなんだ」


「そうじゃない。今、この状態が間違っている。俺がプシヒーの力を手に入れれば…御薬袋さんに、メシアに相性さえ変えてもらえば…」


言葉は途中で詰まり、出てこなかった。新藤は、孝弘の肩に手を置いたが、それは振り払われてしまう。


「触るな! 俺は諦めたわけじゃない」


「……分かったよ。君が諦めるまで、僕が相手になろう」


新藤が苦笑いを浮かべ、溜め息を吐く。


孝弘は新藤を睨み付ける。

いや、その後ろにいる芳次を見ているのだろう。


孝弘は拳を振り上げた。

それは、どこにでもいる、青年の拳だった。


新藤は余裕を持って、それを躱す。次は下から突き上げるような拳、横から振り回すような拳、一直線に突き出す爪先。孝弘は必死に力を込めて一撃一撃を放つが、そのどれも新藤に触れることはなかった。


「舐めやがって!」


一度も反撃しようとしない新藤に、孝弘は怒りを覚えた。だが、次の一撃を躱した新藤は、孝弘の腹部に拳を入れる。手加減こそしたが、素人にはきつい一撃だ。


孝弘は悶絶寸前の痛みに膝を付く。薬の力を頼って、勝てなかった相手なのだ。今の孝弘が通用しないことは、自分自身が十分理解している。


それでも、立たなければならない。ならないのだ。それなのに…。


そんな孝弘に「少年」と声をかけたのは、如月だった。彼女は孝弘の肩に手を置いて、語り掛ける。


「今は泣くと良いよ。もしかしたら、長い間、悲しみは続くかもしれない。でも、いつかきっと今感じている悔しさや悲しさを懐かしく思う日がくるから」


そのとき、如月の手の平が黄金の光に包まれているのを、新藤は見た。薬によって彼の体の中に溜め込まれた異能の力は、きっと消え去ったことだろう。


「新藤くん、行こう」


如月は孝弘から離れると、踵を返した。車を止めた方に向かうつもりだ。


「陽菜さん、芳次くん。貴方たちも私と一緒に帰りましょう」


茫然としていた陽菜と芳次だが、如月の言葉に頷き、彼女の後ろに従った。新藤は跪く孝弘に声をかけるべきか迷ったが、自分が彼にしてやれることは、もうないだろう、と判断した。その代りと言うわけではないが、少し離れたところで孝弘を見つめている、朱里に声をかけた。


「彼の傍にいてあげて。でも、異能対策課の人が、近くにいるだろうから、できるだけ屋敷から離れた方が良いと思う。捕まると、大変だから」


新藤の言葉は聞こえただろうか。頷くように、彼女の顎がかすかに動いたようだった。新藤は少し歩いてから、振り返って二人の姿を確認する。朱里は、孝弘のすぐ傍に立っていた。そして、彼を包む込むように、後ろから抱きしめる。新藤は目を離すと、今度は振り返ることなく、歩き出した。


歩きながら新藤は考える。

二人の傷は、お互いによって癒されるだろうか。何に傷付けられたのか。どれだけ傷付いているのか。二人は、それを一番理解し合っている関係だ。だとしたら、二人で支え合えるはずだ。


…いや、もしかしたら、深く傷つけ合うことになるかもしれない。


似たような境遇、似たような痛み、似たような想いがあるからと言って、惹かれ合うわけではない。もしくは、一方が想っているだけ、ということだってある。


似た者同士のはずなのに、傷付けあうことだって、珍しくないのだ。





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