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孝弘は、さらにスピードが上がっていた。瞬時に間合いを詰めると、破壊的な一撃を繰り出してくる。新藤は身を捌いて躱し、次の一撃に備えるため、距離を取った。


次も孝弘は凄まじいスピードで距離と詰めると、右の拳を突き出し、新藤の顔面を狙ってきた。新藤は必要最低限に頭を動かし、それを避けた後、距離を取ろうとする。だが、孝弘はそれを許さない。彼はすぐに距離を詰めて、次の一撃を放った。


新藤はそれを躱すと同時に、素早く後ろに回って、孝弘の腰に組み付く。孝弘はそれを引き剥がそうとしたが、それよりも先に新藤は足をかけて、彼のバランスを奪った。そして、孝弘を地面に叩きつけるようにして投げる。


孝弘は肩から地に落ちたが、それほどダメージはない。孝弘は何事もなかったように立ち上がるが、新藤はその間に十分な距離を取った。新藤は、孝弘の動きを観察する。いつ踏み込むのか。どれくらいのスピードで踏み込むのか。拳の速さはどれほどか。薬の量が関係しているのか、イベント会場で対峙したときは、どれも質が違っていた。


孝弘が動く。間合いは瞬時に詰まり、十分以上のパワーを感じる拳が振るわれる。新藤はそれを躱し、追撃に放たれた上段蹴りも、身を反らしてやり過ごした。さらに何度か似たような攻防が続くと、孝弘は拳も蹴りも当たらない、と判断したのか、腰に組み付くようなタックルを狙ってきた。新藤は、孝弘の体を流すように突き放しつつ、彼の正面から側面へ移動することで、それを避け、またも距離を取った。


孝弘は何を思ったのか、動きを止めて新藤を睨み付けた。それに対し、新藤は一切の感情を排し、孝弘の次の動きに備える。孝弘は、次の一撃こそ最大の威力を放つため、力を溜め込んだ。次こそは捉える。その意気込みが、新藤にも伝わった。


孝弘が地を蹴る。それは確かに速かった。瞬時に間合いを詰め、新藤に一撃を放つ姿勢に移る。しかし、新藤はその瞬間を待っていた。




最大の一撃を放ったはずなのに、孝弘の視界がなぜか思いもよらぬ方へ傾いた。何が起こったのかは分からない。だが、やることは決まっている。拳は空を切ったようだが、さらなる一撃を放てば良いことだ。孝弘は拳を振り回したが、何かを捉えたような感触はなかった。動きを止め、敵の姿を確認しようとしたが、目の前には存在しない。少し離れたところに、スーツ姿の真面目そうな男が立っていた。


何が起こったのだろうか。顎に僅かな痺れを感じ、手をやって確認してみる。薬で異常な身体能力を得た孝弘は、痛みを感じない。しかし、この痺れは何か衝撃を受けた証拠であることは、間違いなかった。どうやら、攻撃を仕掛けたつもりが、カウンターで拳を顎に受けていたらしい。


やつは、今の一撃を狙ったのだろうか。それとも、たまたまか。


スーツの男は得意げにするわけでもなく、偶然を喜ぶわけでもなく、ただ冷静な顔でこちらを監察している。そのため、この痺れが偶然のものかどうか、判断はできなかった。


ただ、どちらであったとしても、やつの攻撃は多少の痺れをもたらす、という結果を残すに過ぎない。相手にとっては、一矢報いるような必至の一撃であったことは間違いないが、超人的な身体能力を手にした孝弘にとって、蚊が止まった程度のことなのだ。これから、何度同じような攻撃が成功するかは分からないが、ほとんど無駄に等しい。


孝弘は絶対的な自信を持ち、再び凄まじい速さで踏み込んで、拳を放った。だが、先程と全く同じことが起こった。視界が不自然に傾いたと思うと、自分の拳が空を切る感触がある。そして、敵を探すが、既に離れた場所に立っているのだ。


なぜだ、と疑問を持つと同時に、足が勝手に折れた。驚きつつも、すぐにバランスを取り戻したが、違和感が残っている。上手く立っていられない。いや、足が上手く機能していないような感覚だ。薬の副作用にしては早過ぎる。だとしたら、ダメージを受けているのだろうか。


「孝弘くん、もうやめよう」


「やめる…?」


「君は痛みを感じていないみたいだけれど、脳は確実に衝撃を受けて、機能を低下させている。続けたら…どうなるか分かるだろう?」


「偶然が続いたくらいで!」


孝弘はもう一度、地を蹴った。


まだ十分な速さがある。

力がある。

超人的な力だ。

負けるわけがない。それなのに…。


今度は視界が歪み、膝を付いていた。視界が回る。体に力が漲っているはずなのに、立つことができない。どうして…。御薬袋は言っていた。君とイスヒスの力は、相性が抜群だよ。君の身体能力に勝るものはいないだろう、と。


「確かに、君の身体能力は凄まじいものがあるよ」


回る意識の中、孝弘の聴力は声を拾った。


「でも、パンチもキックも、素人のものだ。その脅威的なスピードにさえ慣れてしまえば、タイミングを合わせることは簡単なことなんだよ。だから、ここで立ち上がったとしても、君に勝ち目はない」


それは、立ち上がろうとする孝弘に警告するような言葉だった。それでも、孝弘は立ち上がらなければならなかった。陽菜を手に入れるには、自分こそが隣にいる人間だと認めてもらうには、ここで負けるわけにはいかないのだ。


勝つための方法は…ある。

手にした薬は、あと三粒。


先程飲んだ薬の効果が切れたわけではないので、今この三粒を飲めば…今までにないほど、力に溢れるはず。そうすれば、体だって動き出すはずだ。孝弘は懐に手を入れた。


「それ以上は、駄目だ!」


誰かが引き止めたが、孝弘にとってそれは、もう言葉として認識できていなかった。ただの音だ。孝弘は自らの内に、再び力が溢れることを認識する。


これなら、立てる。

立って、陽菜を取り戻せる。


取り戻せる。すべて、取り戻す。


楽しかった、あの頃を。そして、自分の未来を。

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