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22

新藤は、明確な怒りの感情を捉えた。


何者かの絶叫。


それは、溢れ出た憎しみが爆発する瞬間だった。そして、それが何者から発せられたのか、見つけるまで時間は必要としなかった。


屋敷の二階。その窓から半身を出した孝弘がいた。孝弘は身を乗り出すと、窓辺を蹴って、飛び降りる。普通の人間であれば、着地に足を痛めるかもしれないが、イスヒスの力によって強化された孝弘は、平然と降り立った。


そして、獲物を定めた猟犬のように駆け出す。自分の方ではない。何かを見付けて、そこに向かっているようだ。


「まずい!」


新藤は孝弘の目的を察した。如月と合流するつもりだったが、そんな余裕はないらしい。彼は陽菜を追っている。だが、それだけではない。あの様子なら、陽菜と一緒にいる朱里と芳次を傷付ける恐れもある。


新藤は全力疾走だが、イスヒスで強化された孝弘に追いつくことはできない。どうして、陽菜がいる場所が分かったのかは不明だが、孝弘の前方に彼女たちがいることを新藤も確認した。


「孝弘くん!」


叫んだのは、朱里だ。

彼女は両手を広げ、もう一度叫ぶ。それは、陽菜の肩を担ぎ、少しでもその場を離れようとする芳次を庇うかのようだ。


しかし、孝弘はそんな朱里をはね飛ばしてしまい、まるで暴走車のようだった。間に合わない。だったとしても、一秒でも早く、駆け付けなければならなかった。


だが突然、孝弘の足が止まる。

あれだけ怒りに満ちていたはずなのに、その感情すべてが抜かれてしまったかのようだ。


何があったのか。

ここからは聞こえないが、何か会話があったのかもしれない。それでも、新藤は気を抜くわけにはいかない、と判断し、走り続けた。


その直感は当たっていたらしい。孝弘から再び怒気が溢れ出したことを感じた。その目の前で、朱里が何やら叫んでいるが、彼の耳には届いていない。そして、孝弘は手を振り上げた。


「やめるんだ!」


新藤は孝弘の背後まで迫っていた。孝弘が何に躊躇ったのかは分からない。もしかしたら、朱里が何か説得の言葉をかけたのだろうか。どっちにしても、そのおかげで間に合ったのだ。


新藤は孝弘の腰に向かってタックルするように組み付いた。孝弘は唐突な衝撃にバランスを崩し、尻餅を付いたが、新藤の抑え込もうとする力を振り払い、すぐに立ち上がる。それでも、新藤は朱里の前に立ち、彼女らを守るポジションに位置することができた。


睨み合う、新藤と孝弘。特に孝弘は、聞く耳を持たない、と宣言するような闘志が見て取れる。既に交わし合う言葉はなく、後は拳のみが物事を決めるように思われた。


しかし、孝弘の膝が折れた。まるで、貧血による眩暈を覚えたかのように、よろめいた。


「副作用…」


背後で、朱里が呟いたことにより、新藤は孝弘の身に何が起こっているのか理解した。


「孝弘くん、もうやめよう。君が使っている薬は、きっと異常なものだ。そんなもので手に入れた力は、何の価値もない。ただ、身を滅ぼすだけだ」


孝弘は、新藤の言葉に何かを感じ取ったのか、動くことなく、ただこちらを見つめてきた。理解してくれたのだろうか、と新藤は期待したが、その目が自分に向けられたものではない、と気付く。彼が見ているのは、新藤の背後にいる陽菜なのだ。


「俺は…力が欲しいわけじゃない」


「じゃあ、君は何を求めている?」


孝弘は懐に手を入れ、薬を取り出した。


「相性だ」


「相性?」


「それが何か、俺には分からない。でも、それは強く望んだからと言って、努力したからと言って、手に入るものではない。そのくせ、積み重ねた絆だって、簡単に壊してしまうものだ。だったら、奇跡に頼って、それを手に入れるしかないだろう」


「……君が何を言っているのか分からない。でも、それもきっとまやかしだ。今君の中で、君自身を壊そうとしている力と一緒で、まやかしんだよ!」


「だったら、俺はどうしてこんなに苦しいんだ。この痛みは、まやかしなんかじゃない!」


孝弘は、手にした薬を口の中に放り込んだ。


「駄目だ!」


新藤の言葉は虚しく響き、孝弘はそれを飲み込む。孝弘は、脱力したかのように肩を落とし、項垂れてしまった。薬を飲んだショックで、気を失ったかのように思えたが、次第に力がこもっていくように、肩が持ち上がって行く。


それだけでなく、彼の筋肉の所々が盛り上がったかのようにも見えた。そして、孝弘の地面に向けられていた視線が、再び持ち上がり、今度こそ新藤に向けられた。それは、明らかに敵を認識した目だ。


「やるしかないのか…!」


新藤は口惜し気に吐き捨て、拳を握った。

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