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影添は二匹の犬を出現させ、如月を襲わせた。
先程のように、カラスを牽制に使い、犬に飛びつかせる。如月はカラスを避けつつ、挟むように飛びかかってきた犬を、両手によって消滅させる。
だが、影添は既に紙を取り出して、宙に放り、二匹の犬が出現させた。今度は同時ではなく、一匹の犬が如月に向かってくる。時間差による襲撃を狙っているように見えたが、それだけではない。
影添はさらに二枚の紙を取り出し、如月が一匹を消し去る頃、新たに犬が増えていた。合計で三匹。いや、影添は懐から紙を取り出そうとしている。いったい何体の式神を同時に操れると言うのだろうか。
だが、影添は手にした二枚の紙を宙に放り出そうとしたとき、如月も同時に何かを投げた。下手から放られたそれは、低い放物線を描いて、影添の足元に転がる。影添がその正体を見極めようと視線を向けると、そこには手の平に収まる程度のカプセルがあった。
形を認識したと同時に、そのカプセルから、勢いよく煙が吹き出す。
その煙は瞬く間に、影添の視界を覆った。影添が動揺しながらも、冷静に現状を見極めようとした。しかし、彼は如月の気配を察知することができない。僅かに煙の揺らめきを感じ、背後に振り返ったとき、如月は既に彼の傍らに移動している。
突然傍らに現れた如月に、驚きの表情を見せる影添だったが、それでも手にした紙切れを放り出そうした。だが、その腕は如月によって強く掴まれるのだった。
「捕まえた」
「……今のが、重田様の簡易異能発生装置ですか」
「そんなことまで知っているなんて、随分とあの女に信頼されているみたいね。だとしたら、貴方の異能をデリートすることは、なかなか価値がある、と考えても良いのかしら」
「勝ちを確信しているようですが…この状況、決して私だけが不利なわけではありません」
確かに、如月は影添を捕まえたが、彼の式神は消滅していない。如月の背後を三匹の犬が見つめていた。如月の異能をデリートする能力は、瞬時に発動するものではない。デリートが終えるまで、あの犬たちが一斉に噛みついてきたら…。
「葵さん!」
と声がどこからか。
それは、影添のものではなく、もちろん如月のものではなかった。
「異能キャンセルを解いて!」
如月は言われるがまま、展開し続けていた異能キャンセルを解除する。すると、それに一瞬遅れて、如月の背後で重々しい音が連続した。
何かが飛来し、強い衝撃と共に落下したのである。
今にも如月に飛びかかろうとしていた式神たちは、それに押し潰され、ただの紙切れに戻っていた。式神を潰したのは、ボウリングの球ほどの大きさがある、複数の鉄球だった。
それは、重々しい見た目であるにも関わらず、シャボン玉のように浮き上がると、どこかへと漂い出した。
その先にいたのは、まるでホストを思わせるようなスーツ姿の男…成瀬だった。
「異能対策課か!」
と影添は声を上げる。
そこから、影添の動きは早かった。手にしていた二枚の紙を宙に放ち、犬を出現させたかと思うと、力づくで如月の手を振りほどく。如月は飛びかかってきた犬に触れ、消滅させると、すぐさま影添を追おうとしたが、空で待機していたカラスがそれを阻んだ。如月にまとわりつくように飛び回るカラスだが、犬と同じように飛来した鉄球によって破壊された。
「葵さん、無事ですか!」
鉄球を意のままに操る異能によって、如月の危機を救った成瀬が、駆け寄ってきた。
「私のことは大丈夫です。それよりも、今の男は一連の事件の黒幕と合流するはず。そっちを追ってください」
「……分かりました」
成瀬は、如月の怪我を目にして、顔をしかめたものの、己の任務を決して忘れることはなかった。
「葵さん、さっきのは借りにしておきますよ!」
走り去る成瀬の背を見つめながら、如月は考えた。恐らく、成瀬一人では野上を捕らえられないだろう。如月が加わったところで、結果は変わらない。やつを逃してしまうことは癪だが、仕方のないことだった。だとしたら、まずは新藤と合流するべきである。
如月は踵を返して、朱里と芳次を待たせた場所へ戻ることにした。しかし、頭の中で野上麗の微笑みが何度も繰り返され、苛立ちが収まらなかった。さらに、あの女はこんなことまで口にしていたではないか。
「あの人が悲しみます」
よくも私を前にして、そんなことを言えたものだ。絶対に許してはならない。この世界のためにも、自分自身のためにも、やつだけは排除しなければならないのだ。




