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「そんじゃあ、確かめてみるか!」
乱条が踏み込む。新藤は回し蹴りで、迎撃するかに見えたが、乱条は瞬時に動きを止め、それをやり過ごした。新藤が蹴りを放った体勢のところに、乱条が今度こそ飛び込んでくる。
そして、強烈な左の拳が放たれた。新藤は何とか身をよじって、頭部にダメージを受けることは避けようとしたが、完全には躱しきれない。バランスを崩しながらも、新藤は距離を取るが、乱条は容赦することなく、距離を詰めてくる。
新藤は回復しつつあった視界が再び歪み、力も入らなかった。乱条はそれを見逃すことなく、決め所と判断したのだ。
しかし、新藤はそういった瞬間こそ、相手に隙があるとことを、経験上知っていた。動かない体を無理矢理に動かし、最後の一歩を踏み込もうとした乱条に、回し蹴りを放つ。
乱条にとって、新藤がこれだけの戦意を残していることは、想定外のはずだ。そのため、強烈な回し蹴りを躱すことはできなかった。それでも、乱条は凄まじい反応を見せ、腕で受けて蹴りの威力を防いだ。
ただ、乱条は新藤の強烈な蹴りを受けるのは、これで三度目だった。そのすべては腕で受けたため、痛みが蓄積しているはずだ。さらに言えば、脇腹への痛みも蓄積していると考えられる。これ以上、同じ攻撃は受けたくはないはずだ。乱条はここで攻め切ることは難しい、と判断してくれたのか、距離を取った。
今の攻防は、正直なところギリギリだった。乱条がここで終わらせる、と少しだけ強い意志を持って攻めてきていたら、仕留められていただろう。それを考えると、新藤の中に何とも言えない衝動が駆け巡った。これでは乱条の指摘した通りではないか、と心の中で苦笑する。
だが、次の瞬間には新藤は、次の攻防に備えて集中力を高めていた。彼自身、ダメージが残っている。恐らく、次に一撃を受けてしまったら、気を失うだろう。次の攻防で、何としてでも乱条を倒さなければならなかった。
乱条も、同じことを考えているだろう。慎重に間合いを測っているようだった。新藤も似たように、次の一撃を放つために適切な距離を取る。新藤は動きを止め、乱条の踏み込みを待った。
つまり、乱条の踏み込みに合わせ、またも右の回し蹴りで迎え撃つ作戦を取ったのだ。後は、乱条が正直に踏み込んでくるのか、それともフェイントを見せるのか。いや、フェイントと思わせて踏み込んでくることもある。
二人の動きが止まった。
先に動いたのは乱条だった。いや、ほぼ同時に新藤も動いていた。新藤は一歩踏み込んでから、回し蹴りを放つ。乱条は、意表を突かれたのか、躱すことなく、それを防ごう腕を降ろす。新藤の蹴りは今までと同じように、乱条の胴を狙って放たれたかと思われたが、その軌道が突然変化した。胴を狙う軌道から、頭部を狙う軌道に。
乱条は一瞬、目を見開いた。乱条は完全に横腹に蓄積されたダメージに意識が向かっていたため、その蹴りの変化には対応ができない。彼女の側頭部に、新藤の蹴りが突き刺さった。
必殺の一撃に、乱条の膝が折れる。勝機だ。新藤はさらに踏み込み、右の拳を放って乱条を倒すつもりだった。しかし、受けたダメージのせいで足に力が入らず、十分に踏み込めない。それでも、と力を込めようとした、そのときだった。
新藤の鼻先で、何かが音を立てた。それが乱条の拳だったことに、一瞬遅れて気付く。しかも、この戦いで見た、乱条の拳の中で、最も威力が高かっただろう一撃だ。乱条は、新藤の蹴りを頭部に受け、確かに意識が飛んでいたはずだ。
それでも、新藤の接近を許しはしないと、本能と無意識で拳を放っていたのである。もし、新藤が受けていたダメージが軽く、踏み込みが十分だったとしたら、この一撃を受け、新藤は地に伏していたことだろう。
新藤は命の危機を覚えながら、数歩下がる。そんな彼が見たのは、獰猛な肉食獣を思わせる、乱条の嬉々とした笑みだった。
「てめぇ、新藤…今のは、あたしの技だったはずだぜ」
「必殺変則キック…でしたっけ?」
新藤も挑発的な笑みを浮かべてみせた。だが、内心は焦燥感に溢れている。まだ戦いが続くなら、次はまともに動けるだろうか。
「覚悟しろよ。あたしをコケにしやがって。次は記憶を飛ばしてやるぜ」
「記憶、飛びそうになっていたくせに、何言っているんですか?」
「それはお前だろうが」
乱条が一歩前に出た。新藤はそれに合わせて、一歩下がる。次はどうする。考えれば考えるほど、追い詰められていく。それでも、新藤は次第に落ち着きを取り戻した。冷静に、次の一手を確実に。
「新藤、ぶっ殺してやるぜ」と乱条の笑みは血の匂いを感じさせる。
二人の戦いは、まだ続くと思われたが…。




