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孝弘は、メシアと呼ばれる存在を、初めて見た。


もっと、年齢を重ねた人を想像していたが、若い女性だった。自分よりは年上には見えるが、仕草や所作に無駄はなく、純真無垢という言葉すら連想させられる、不思議な女性だ。


そんな女性が、なぜ御薬袋のような下品な男と共に仕事をしているのか、孝弘には疑問だった。


「メシア、当分はセミナーは開催できないかもしれませんね。まさか、警察が突入してくるなんて。私なんかは、後少しでおしっこを漏らすところでした」


御薬袋の下品な笑いに、メシアは表情を変えることはない。ただ、我が子を見るように慈愛溢れた笑みを浮かべているだけだ。


「暫くは、そうですね。また違った方法を取るべきでしょう。しかし、できることなら参加者の皆さんを助けたいところです」


メシアが述べた希望に、コメントを返したのは御薬袋ではなく、隣に立っているスーツ姿の男だ。


「踏み込んできたのは、噂に聞く異能対策課です。あれに捕まってしまったら、助け出すのは難しいと思われます」


その男は、まるでメシアの秘書のようだったが、スーツ姿はビジネスマンと言うよりは、マジシャンを思わせる。


「それは…残念です」


マジシャン風の男の意見を聞き、メシアは表情こそ変えないものの、多くの若者たちに起こった不幸を悼んでいるようだった。


「しかし、貴方たちは無事だったのですね。よかった」


メシアの視線がこちらに向けられた。どうやら、自分と陽菜のことを言っているらしい。孝弘はどうしていいのか分からず、取り敢えず頭を下げた。


「御薬袋が無事ここまで逃げおおせたのも、貴方の活躍あってのことなのでしょう。私に何かお礼できることがあればいいのですが」


思ってもいない言葉に、孝弘は顔を上げた。メシアはどう思ったのか、穏やかな表情でそれを受け止める。


「実はお願いがあります。俺にプシヒーの力を授けて欲しくて…」


「プシヒー、ですか?」


どうやら、メシアはその意味を理解できなかったらしいが、御薬袋が横から補足を入れた。


「なるほど。分かりました。では、こちらに」


メシアが右手を軽く挙げた。あの手が、きっと自分の属性を変えてくれるのだ。そうすれば、陽菜も分かってくれる。本当に理解し合えるのは、自分なのだということを。


「お待ちください、メシア」


しかし、御薬袋が止めに入った。


「ここに、危機が迫っています。彼は護衛として、適任の異能を持っているので、今はまだ…」


「……そうですか」


メシアの手が引っ込められてしまう。孝弘にとってそれは、目前に現れた救いが消えてしまったようなものだった。


「申し訳ないのですが、ここの撤退に貴方の力を貸してほしい。よろしいでしょうか?」


孝弘にとっては、一分一秒でも早く、プシヒーとして属性を書き換えて欲しかった。しかし、ここに危険を迫っているのであれば致し方ない。孝弘は喉から手が出るほど欲しいものの前で、その気持ちを抑えるしかなかった。


「分かりました」


すると、メシアの手が孝弘の頬に触れた。それは、冬の早朝を思わせるような、冷たいものだった。


「貴方に逸る気持ちがあることは、理解しているつもりです。申し訳ないことですが、私を守ってほしい」


メシアの手が離れると、孝弘の中に強い使命感が湧き上がっていた。彼女を守らなければならない。自分がやらねば、彼女がこの世界から損なわれてしまう。


それは許されないことだ。そんな気持ちに溢れる孝弘に笑みを残し、メシアは部屋から出て行ってしまった。彼女が去っていた方向を見つめる孝弘に、御薬袋が声をかけてきた。


「僕からも頼むよ、孝弘くん。ほら、これ…できるだけ持っていてくれ。ここが正念場になりそうだからね」


それはいつも力を使うために服用する薬だった。孝弘はそれを握りしめ、どんな危機が襲い掛かってきたとしても、メシアと陽菜を守ると決めた。

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