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新藤は助手席に乗せた芳次の案内に従って車を走らせた。後部座席には、如月と朱里もいる。朱里については、待っているように言ったが、聞き入れてはくれなかった。


「孝弘くんが戻らないなら、私が説得してみせます」と朱里は主張する。


朱里は、陽菜と孝弘を救うことに対し、何一つ疑うことなく、自らの意志を貫こうとしている。


だが、どうだろうか、と新藤は思う。


孝弘と対峙した感触としては、例の組織から抜ける意思が、彼にあるようには思えなかった。むしろ、組織のために尽力しているような印象すら受ける。朱里の絶対的な自信が打ち破られたとき、彼女はそれを受け入れられるのだろうか。


「次を左です」と芳次の言葉に、新藤はハンドルを切る。


同時に、そう言えばこの男こそ…と今度は芳次について考えを巡らせた。芳次は、組織にとって非常時の隠れ家と言えるような、屋敷という場所を知る人間だ。それにも関わらず、易々と秘密の場所を教えようとしている。


そんな驚くべき心変わりを信じて良いものなのだろうか。もし、罠だったとしても…如月と新藤を騙すことに、メリットはないはずだ。そもそも、彼らの組織が如月と新藤の存在を知っているはずもない。だとしたら、芳次の目的は何なのか。


「深浦くん、私のこと、騙そうとしていないよね?」と朱里が突然、口を開いた。


新藤は自分の心の内が覗かれていたのでは、と一瞬だけ動揺したが、朱里が似たような疑問を持つのは当然である。ここは良いタイミングだった、と考えるようにして、静観することにした。


「騙すって、どうして?」


「だって…屋敷は秘密の場所なんでしょ? 外部の人間に、それを教えて良いわけがないじゃない。貴方が教えたって知られたら、もう戻れない。戻れないってことは、御薬袋さんから薬だって受け取れないんだよ」


朱里の指摘に、芳次は数秒ほど黙り込んだ。まるで、彼女の言葉を噛み締めるかのように。


「でも、この状況をそのままにしていたら、陽菜さんに危険が及ぶってことなんだよね。さっき、会場にきた…警察みたいな人たちに、捕まってしまうかもしれない」


「そうだよ。貴方のせいで、私たちの人生はおかしくなりかけているの」


弱々しい人物に見えていた朱里が、これだけ攻撃的になっている。それだけ、彼女は友人たちを助けるために必死なのだろう。


「……僕は陽菜さんを助けたい。僕がこれから、どうなるかは分からないけれど、彼女に悲劇が起こるようなことは、絶対に避けたいんだ。だから、新藤さんたちに協力したい。いや、陽菜さんを救い出してほしいって、僕からもお願いしたい」


「本気なの? 深浦くんは、あのセミナーの人たちが、大好きだったじゃない。それを捨てられるの?」


「僕と陽菜さんは、同じプシヒーの力を使って、普通では有り得ないくらい、お互いを分かり合ったんだ。僕の人生、これからどんな出会いがあるのかは分からないけれど、彼女ほど理解し合える人間は、絶対に現れないと確信している。

それくらい、深いところをまで、僕たちは触れ合った。僕にとって彼女がどれだけ尊い存在なのか、たぶん理解できる人は、いないと思う。でも、それが僕の本心だ。彼女を救うためなら、命だってかける」


新藤は、芳次が並べた熱のある言葉に、如月がどんな表情をしているのか、気になって仕方がなかった。しかし、バックミラーを確認しても、彼女の表情は見えない。


「私だって…」


震えるような、朱里の声が聞こえてきた。


「私だって…私の方が、二人のこと、強く想っているんだから…」


そこには、怒りが混じっているように感じられた。朱里にとって、陽菜と孝弘はいくつもの想い出を共有した友人である。時間をかけて、理解し合い、信頼し合い、打ち解けて行ったのだろう。


しかし、芳次はどうだろう。異能の力を使って、朱里の気持ちを一瞬で越えてしまうような感情を手に入れている。そして、それは陽菜にとっても同じで、彼女も蓄積していた友情よりも、芳次のことを強く想っているはず。


朱里にとっては、突然現れた男に、すべてを奪われてしまったような感覚なのかもしれない。だからこそ、妙な組織に引き込まれて行く二人の友人を何としてでも、取り戻したいという気持ちがあるのだ。


「それにしても…」


新藤は沈黙に耐えられず、話題を探す。


「びっくりしたよね。まさか、会場に警察が突入してくるなんて。やっぱり警察も前々からマークしていたんだろうなぁ」


新藤が空気を変えようと出した話題に、誰も乗ってはくれなかった。せめて、如月が何かしらコメントしてくれれば良いものだが、興味がないらしく、黙ったままだ。新藤は一人苦笑いを浮かべたが…意外な人物が口を開いた。


「今日は…メシアがくる予定だったらしいので、警察はそれも知っていたのかもしれません」


芳次はどこか放心した状態で、呟くように言った。


「メシア? それって救世主って意味の?」


「……あ、はい。そうです」


口に出すべき情報ではなかったのだろうか。芳次はどこか決まりが悪そうだった。


「メシアって、凄い意味ありげな呼ばれ方だね。このセミナーの主催者みたいな人?」


「いえ、主催者っていうのとは、また違うと思います。僕もよく知らないのですが、そう呼ばれている人がいて…。滅多に会場に来ることはないんです。でも、メシアに会って、認められたら、能力が安定するらしくて。僕たちは、御薬袋さんからもらう薬を飲まないと、力はどんどん弱って行って、消えてしまいます。でも、メシアに会った人は、本当の意味で力を得られるんです」


「能力を与える、ということ?」


今まで黙っていた如月が、突然口を開いた。芳次も思わぬ方向から質問され、驚いたらしい。


「僕も会ったことはないので、よく知りません。でも、メシアに認められたら、薬には頼る必要がないって。それは、御薬袋さんも言っていました」


「そのメシアの外見は、聞いているかしら?」


「いえ…ただ、女神のような女性だ、ということは、噂で聞いています」


「女神…」と呟いたのは新藤だ。


「そもそも、このセミナーも…そのメシアの存在があったから、らしいです。彼女が起こした奇跡を目の当たりにした何人かが、同じような体験を広めようとして、少しずつ人を集めて行って…少しずつセミナーらしいことを始めたのだとか」


「それは、いつ頃のこと?」


「それも詳しくは知りませんが…御薬袋さんの話を聞く限りでは、数年前のことで、ずっと昔からというわけでは、ないみたいです」


「……そう、ありがとう」


質問が終わったことに、芳次は安心したみたいだった。如月が何を知りたかったのか、新藤には分からない。しかし、あれだけの反応を見せると言うことは、何か思うところがあるのだろう。新藤は如月がどんな顔をしているのか、確認したくてたまらなかった。


車は田舎道を歩いていたが、次第に森の中へ入って行った。こんな場所に、本当に隠れ家があるのだろうか。いや、こんな場所だからこそ隠れ家あるのか。


新藤がそんなことを考えていると、屋敷らしきものが見えてきた。

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