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如月と新藤は当日、会場の前で張り込んだ。会場は大きな複合商業施設の中にある、割りと大きなホールで行われ、別のイベントも開催されていることから、人の行き来は激しく、出入り口も一カ所ではなかった。そのため、陽菜と孝弘らしい人物は見当たらず、一時間も経過すると如月は溜め息を吐いた。


「これでは時間の無駄だ」


「二手に分かれますか?」


「いや、君が中に潜入して情報を集めてくるんだ。運が良ければ、本人たちも見付かる」


「でも、どうやって?」


ホールの入り口には、受付らしい若い男が二人立っている。入場にどんな許可証が必要なのか分からないが、素通りさせてくれることはないだろう。


「任せなさい。私が彼らの気を引くから、その間に君は潜入するんだ」


「気を引くって言っても、どうやって? いや、そんな簡単にできますかね?」


如月は新藤の言葉を無視して、どこかへ歩き出してしまった。どういうことか、と身を潜めつつ如月を待っていると、十分ほどで彼女は戻ってきた。何か説明があるのか、と新藤は如月が自分のもとへ戻ってくることを待っていたが、彼女は予想外の方へ向かっていく。そして、新藤は彼女が手にしたアイスコーヒーを見て、これから何が起こるのか理解した。


「え、もしかして」


新藤は怪しまれない程度に腰を落とし、いつでも素早く動ける準備をした。


如月は右手で持った携帯端末を目にしながら、危うげに歩き、イベント会場の入り口の方へ向かう。受付の男性の一人は、如月に気付いて、道を譲るように半歩下がった。しかし、如月は強引とも言えるタイミングで躓いて見せ、受付の男性にコーヒーをぶちまけるのだった。


「あ、ごめんなさい」


ベタな作戦に新藤は不安を覚えたが、ここまで来たら乗るしかなかった。


「いえ、大丈夫ですよ」


男性は笑顔を見せるが、コーヒーで染まったシャツの処理に困惑していることは確かだった。


「どうしましょう、どうしましょう」


慌ててみせる如月だが、新藤から見ると大根役者も良いところで、こちらの企みに気付いてしまうのでは、と冷や冷やものだ。


「タオル、持ってきますよ」


新藤の心配とは裏腹に、もう一人の男性が親切心を働かせ、会場の中へと消えた。今がチャンスだ。新藤は踏み出す。それと同時に如月が残った方の男のシャツを掴んだ。


「こんなものでは、落ちないかしら」


ハンカチをシャツの汚れに当てつつ、男の視線を引いているらしい。新藤は、その隙に反対側から滑り込むようにして、会場の中に潜入するのだった。




会場内は、朱里から聞いた様子と、殆ど同じだった。広いフロアに多くの若者がいて、所々にクッションソファが置かれている。他にも、跳び箱や縄跳び、ダンベルなど運動する道具も見られた。照明は薄暗く、正面には巨大なスクリーンがあって、そこに何らかの映像が流されている。それは動物が映ることもあれば、人間の子供だったり、美しい自然だったり、意味のないものがランダムで流れているみたいだった。


若者たちは、そんな空間で自由に過ごしていた。クッションソファに身を埋めて、リラックスしているものもいれば、複数名でボール遊びなど、運動を楽しむものもいる。


新藤はスーツ姿であるため、自分が目立ってしまうのでは、と心配だったが、若者たちは各々の作業に集中しているらしく、気にしているものは一人としていないようだった。


そんな若者たちの中から、陽菜と孝弘を探す。彼らの顔は把握済であるが、実際に会っていないと、仕草や姿勢によるちょっとした変化で、本人だと確証することは難しい。だから、できるだけ注意深く、若者たちの顔を眺める必要があった。


そうしているうちに、新藤は何度か驚くべき光景を見た。ボールを浮遊させ、意のままに操る女性。普通の三倍近い跳躍力を持った男性。他にも、人知を超えていると言うべき力を発揮している若者たちが、数多く存在している。


どうやら、ここにいるすべての人間がそういったものを使えるわけではないようだが、完全に異能力者として覚醒しているものがいるのは、間違いないようだ。


新藤は驚きを覚えながらも、陽菜と孝弘を探したが、それらしき人物は見当たらなかった。ここは諦めて如月のところに戻ろうか…と思案していたところ、若者たちの声が聞こえた。


「ねぇ、個室に行きましょう。ここだと、ちょっと恥ずかしくて、集中できないから」


「どうして? 良いじゃん、ここでもできるよ」


「駄目。恥ずかしいんだってば。それに、薬がないと共感は難しいよ」


「分かったよ」


その二人は、囁き合いながら、フロアを出て行った。どうも、裏に個室があるらしい。そして、薬と共感という言葉は、朱里から聞いていた情報の一つだ。もしかしたら、陽菜と孝弘も個室とやらを利用していて、フロアにいないのかもしれない。


男女の後を追うと、フロアの横にある薄暗い通路に出た。彼らがその奥へ進んでいることは、足音から察せられた。


「あれ、御薬袋さんがいない。薬、欲しかったのに」


女性の声が聞こえてくる。御薬袋という名前も、確か聞いたはずだ。陽菜たちが服用している薬を渡している人物だったはずだが…。


「薬はなくても大丈夫だって。それより、早く個室に入ろう」


「御薬袋さんいないのに、勝手に入っていいのかな?」


「良いよ良いよ。ドアを閉めておけば、使用中だって誰にでも分かるんだから」


「そうかな」


男性が促し、二人は通路のさらに奥へ向かっていった。新藤は忍び足で彼らが先程まで立ち止まっていただろう場所まで進む。すると、通路の隅に、駅の構内で見るような、小さい売店らしいスペースが現れた。恐らく、いつもならこの中に御薬袋という人物がいて、イベント参加者たちに薬を提供しているのだろう。


さらに奥を見ると、通路が左右に別れている。右に折れた通路から扉が閉まる音が聞こえた。先程の男女が個室の中に入ったのかもしれない。新藤はさらに奥へ進んだ。

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