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「如月さん、今の話…どう思いますか?」
新藤の疑問に、如月は短く「厄介な事件だ、と思う」と答えた。
「それはもちろんですが、彼女の話を聞くと、何者かが異能者を作り出していることになりませんか? これって、凄い危険なことって言うか、まずいことが起こっている気がするのですが…」
「だから厄介な事件だ、と言ったじゃないか」
「分かっています。そこは分かっていますよ。そうじゃなくて、実際にそんなケースはあり得るのか、ということを僕は聞きたくて」
「どうだろうね。私は異能力の専門家を自称しているけれど、異能力そのものがイレギュラーなものだ。どんなに研究を続け、知識や経験を蓄積したとしても、こういったイレギュラー的なケースが出てくるのは、当然なことだ。ただ、似たケースは君だって知っているはずだよ」
「似たケースですか?」
新藤は記憶を遡り、如月と共に立ち向かったいくつもの事件を思い返してみる。しかし、普通の人間を異能力者にするなんてことは、なかったはずだ。
「たまに、ここに顔を出す、重田博士がいるだろう」
「重田博士、ですか…?」
重田博士は何カ月に一回か、事務所に顔を出す、三十代前後と思われる女性だ。彼女は、いつも三十分ほど如月と密談して帰って行くが、そのとき必ずと言って良いほど、如月に何かが入ったアタッシュケースを渡している。
「あ、あのカプセルみたいな?」
「そう、あれ」
重田博士が如月に渡すアタッシュケースには、いつも十個ほどのカプセルらしきものが入っていた。それは拳ほどの大きさをした球体で、真ん中を境に、上下が別の色になっている。ゲームセンターの隅で見かける、数百円で買う玩具の容器ようなものだ。あれを使って如月が異能力を再現しているところを、確かに見たことがある。
重田博士は異能の力をカプセルに封じ込め、誰であってもそれを一回限り再現するアイテムを作るのだ。今回の事件の裏で動いている人物は、異能の力を薬に封じ込め、人の体内を通して再現するもの…。そういうことだろうか。
「重田はあれを私のために用意するが、子供に渡して小銭を稼いだりはしない。彼女は変人ではあるが、最低限の常識はあるからね。でも、御薬袋という人物はそうじゃないらしい。今後のためにも、少しばかり注視て探る必要はあるかもしれないね」
「何が目的なんでしょう?」
如月は質問に対する答えを考えているようで、別のことに思考を巡らせている、と新藤には分かった。この手の質問に、如月がこれだけ時間をかけて答えることはないからだ。実際、如月が返した答えは、何とも歯切れの悪いものだった。
「どうだろうね」
どこか悪い夢を見たかばかりといった顔をする如月だったが、深く溜め息を吐き、その頭の中で再生されていただろう記憶、もしくは推測を消し去ったようだ。
「まぁ、今はやれることをやるしかない。それと急いだ方が良さそうだ」
「ああ、成瀬さんたちですか?」
組織的な異能犯罪となれば、成瀬たちが動かないわけがない。如月は頷く。
「異能対策課は、最近忙しいみたいだ。でも、異能力者がそれだけ頻繁に現れるなんて、少し不自然だ。でも、そんな不自然を意図して起こしているやつがいるとしたら…話は別になる」
「つまり、成瀬さんたちが相手している事件と、今回の件は関係があるかもしれない、ということですか?」
「私の勘は殆ど確信しているよ。付け加えると、依頼者が救い出したい友人二名は、既に異能力者だ。異能対策課からしてみると、既に取り締まる対象になっているかもしれない」
「セミナーを開催している組織は、何らかの行動を起こすために、一度姿を消した…とも考えられますね」
「そういうことだね。内部の人間から話を聞いた分、こちらの方が多くの情報を持っているのは確かだ。早めに解決しようじゃないか」
「そうですね」
それから二人の仕事は早かった。依頼人である朱里から聞いた情報をもとに、セミナーの主催者である組織の足跡を追い、現在の活動に行き着いた。どうやら、様々な場所でセミナーを開催し、時間と情熱を有り余らせる学生をターゲットにしているようだ。
次のセミナー開催の日時と場所を調べ上げ、二人は会場の前で張り込むことにした。二人の写真を朱里から受け取り、顔は把握していたので、陽菜か孝弘が姿を現すのを待つことにしたが、彼女らは現れなかった。
しかし、学生と思われる参加者や、スタッフと思われるスーツの男性を尾行するなど、地味な作業を続けたことで、組織の拠点らしい場所を見付け、さらには朱里が話していたような、さらに大規模なイベント会場を付き止めた。依頼を受けてから、一週間後のことである。イベントの開催は、さらに二日後だった。




