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「はい。どんな体験なのかは、人によって違いますが、主に二種類に分けられます。

一つは、身体能力が異常に上がるタイプで、イスヒスと言われていました。腕の細い男の子がフライパンを折り曲げたり、凄いスピードで走ったり、とにかく信じられないくらい、力を発揮できるようになります。

もう一つは、プシヒーと言われているタイプで、言葉にしなくても他人に想いを伝えたり、触らずに物を動かしたり、超能力みたいなものを使えるようになるんです」


異能力だ、と新藤は驚愕を覚える。そのセミナーでは、異能力を開発するとでも言うのだろうか。


「じゃあ、朱里ちゃんも異能力…いや、イスヒスかプシヒーの力を?」


「いえ、私は駄目でした。最初、私たち三人は、少しも奇跡を体験できなかったんです。でも…」


「友達の二人は…そうじゃなかった?」


朱里は頷く。


「本当に、最初は陽菜ちゃんも孝弘くんも何もできなくて、参加者が起こす奇跡を見る度に、三人で驚くだけだったんです。もしかして、私たちには無理なんじゃないかって、諦めつつあったのですが、陽菜ちゃんは積極的に色々な人に声をかけて、何とか奇跡を起こす方法を聞いて回っていました。その一人が、深浦芳次でした」


「その深浦芳次は、スタッフなのかな?」


「いえ、彼も参加者で私たちと同い年の大学生です。私たちより、何カ月か早く、そこで奇跡を体験していたみたいです」


「それで、その彼が君たちにどんな影響を?」


「深浦芳次は…陽菜ちゃんのことを気に入ったみたいで、何かと面倒を見るようになりました。瞑想のやり方とか、奇跡を起こすときどんなイメージを持つべきなのか、そういうセミナーの話だけじゃなくて、プライベートの悩みも打ち明けていたみたいです。そしたら、陽菜ちゃんがプシヒーの力を使えるようになりました」


「どんなアドバイスがあったんだろう…」


「私と孝弘くんも、驚きながら、それを聞きました。そしたら、陽菜ちゃんが教えてくれたんです。御薬袋さんから薬をもらった、って」


「薬…?」


その言葉でさらに雲行きが怪しくなったような気がした。


「フロアの裏で、御薬袋さんという男の人が、薬を売っていたんです。奇跡体験を起こしている参加者の殆どは、その薬を飲んで、少しずつ力を身に着けていました」


「朱里ちゃんもその薬を?」


そう聞きながら、新藤は後ろでこの話を聞いているだろう如月のことを意識した。もし、彼女が薬で異能力を得ているのなら、如月の力を借りる必要がある。だが、朱里は首を横に振った。


「私は怖くて飲みませんでした。でも、陽菜ちゃんは慣れているみたいだったし、それを見た孝弘くんも躊躇わずに、薬を飲み始めました。それから、陽菜ちゃんはプシヒーの力をどんどん獲得して、孝弘くんはイスヒスの力を身に付けました。ただ、私たちの関係がおかしくなったのは、この後なんです」


新藤は意外に思ったが、特にそれを顔に出すこともなく、朱里が話を続けるまで待った。


「陽菜ちゃんが深浦芳次の話ばかりするようになったんです。それまでも、そういう雰囲気はあったのですが、陽菜ちゃんがプシヒーを使うようになってから、さらに深浦芳次と親しくなって行きました。二人は同じ力を持っています。それを使えば、言葉を交わさなくても、お互いを深く理解できるそうです。

陽菜ちゃんが言うには、お互いの心と心が解け合って、味わったことない共感で、それは凄い快感があるとかで…。

二人は病みつきになったみたいに、時間さえあれば、薬を飲んで共感を試す、淫らな恋人同士みたいでした。共感で快楽を得るには、安定して力をコントロールする必要があるみたいで、二人は躊躇いなく薬を飲みました。いえ、薬に依存しているみたいでした。

私には、そんな二人の関係が痛々しく見えた。でも、孝弘くんは違ったみたいで、陽菜ちゃんに深浦芳次じゃなくて、自分と共感を試してほしい、と言い出したんです。たぶん、それは嫉妬でした。陽菜ちゃんと深浦芳次の関係が、嫌だったと思います。でも、孝弘くんはどんなに薬を飲んでも、イスヒスの力しか使えない。こればかりは相性らしくて、どうにもならないそうです。

陽菜ちゃんは、深浦芳次と共感するために、どんどん薬を飲む。孝弘くんは陽菜ちゃんと共感するために、どんどん薬を飲む。どんどん何かがおかしくなっていくみたいでした。実際に、陽菜ちゃんは頭が痛いって言ってましたし、孝弘くんは全身に痛みがあるとも言っていました。

あれは、絶対に副作用です。私は二人を止めたけど、聞いてくれなくて…、段々見ていられなくなりました。それで…私はセミナーの参加を辞めたんです」


新藤は異能力を生み出す薬を脅威に感じた。異能は時として人を狂わせる。それが未熟な精神を持った若者であれば…。


「それから、一ヵ月も経たないうちに、陽菜ちゃんも孝弘くんが大学に顔を出さなくなって、連絡も取れなくなりました。あのセミナーに参加すれば、二人に会えるかもしれない、と思いましたが、駄目でした。私の知っている場所では、もうセミナーは開催されていなかった。

場所を変えたのか、解散したのか…分かりませんが、二人が消えてしまったのは、異常なことです。あの薬は絶対におかしい。警察に話したりしたら、二人がどうなるかもわかりません。

そもそも、信じてもらえるかだって分からない。だから、こういう事件も請け負ってくれる探偵がいるって聞いたときは…」


それ以上、朱里は言葉が出てこなかったらしい。新藤は、笑顔を見せ、できるだけ明るい声で言った。


「分かりました。では、依頼内容はご友人の行方の調査、ということですね」


新藤の質問に、朱里は涙しながら頷く。それから、彼女が落ち着くまで少しばかり時間がかかったが、落ち着きを取り戻すと、正式な手続きを済まし、最後に言った。


「きっと、二人は大変な状況に巻き込まれていると思うんです。どうか、警察に捕まってしまう前に、無事な状態で、助け出してあげてください」


彼女が事務所を去ってから、新藤は考えた。これは、依頼人にとっては、何らかの事件に巻き込まれた友人を助けたい、という話かもしれない。


しかし、これは明らかに組織的な異能犯罪だ。朱里の友人を助けるだけでも骨が折れるのは間違いないし、下手をしたら成瀬たちも絡んでくる。やはり厄介な依頼が舞い込んできた、と思わずにはいられなかった。

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