表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/251

3

依頼人の矢田朱里は大学二年生の二十歳。彼女が助けて欲しい友人たちも、同じ年齢で同じ大学に通っているそうだ。


「私たち、陽菜ちゃんの誘いで、変なイベントに参加したんです。自己啓発セミナーみたいな」


「自己啓発セミナー、ですか」


「はい。陽菜ちゃん、ちょっと前から何かに悩んでいて、大学も休みがちになっていたんです。でも、珍しく顔を出したと思ったら、一緒にイベントに参加しようって、急に誘ってきたんです。本当の自分を見付けよう、みたいな内容のもので」


大学生は暇を弄ぶことも多い。そのため、自分を見失って、己を定義する方法を無理にでも見つけようとする。結果、妙な団体に所属して、騙されてしまう人もいるだろう。


「陽菜ちゃんは、そのイベントに参加することに、とても熱心でした。変なセミナーなんじゃないかって、私と孝弘くんは疑っていたのですが…陽菜ちゃんが心配だったので、一緒に参加してみることにしたんです。そしたら、孝弘くんも…」


どうやら、男の方もセミナーのイベントに充実を感じたらしい。良くあることだ。


「なるほど」


新藤はただ相槌を打ったようだったが、内心では苦々しい気持ちだった。自分も学生時代は自分の在り方に悩んで、そういったものに参加したことがあった。それで、多くの人に迷惑をかけた。今では忘れたい過去ではあるが、それがなければ、如月と出会うことはなかっただろう。


「それで、助けたい、というのは?」


「二人とも、一週間前のイベントに参加してから、連絡が取れなくなってしまったんです。大学に来ないし、陽菜ちゃんのアパートに行っても留守で…本当に、そのイベントに参加する直前まで、連絡を取り合っていたのに。やっぱり…あのセミナー、怪しい何かだったんです。どうしたら良いのか…」


朱里は涙を零し始める。

溜め込んでいた不安が、溢れてしまったのだろう。


しかし、ここまではただの人探しに近い相談だ。仕事をもらえるのは有り難いことだが、わざわざ異能専門とも言える如月探偵事務所に依頼することだろうか。


「警察には届けたのでしょうか?」


「あの、それが、警察はちょっと事情が…」


「理由を聞いても…?」


朱里は躊躇ないながら小さく頷く。


「参加したばかりのとき、あのセミナーも普通だったんです。参加者の学生たちで議論し合ったり、相談役って言われる大人たちに悩みを打ち明けたり…何て言うか、人間性を高める、みたいなことが目的でした。でも、ちょっと変わっているところがあって…スタッフから評価されると、次の段階に進むんです」


「次の段階?」


「はい。ある日、スタッフから声がかかるんです。貴方の感性は他の人よりも優れているので、さらに特別なセミナーを受けられます、という感じで、別の会場を教えられます。私たちも二回ほど、そんな風に声をかけられて、次の段階へ進みました」


「セミナーの内容が、大きく変わるのかな?」


「はい。次のセミナーでは、今までと違って…スピリチュアルな内容になりました。精神や魂の救済だとか、さらに高次元の世界が存在しているとか。

流石に、少しおかしいとは思ったのですが、陽菜ちゃんはより熱心で、孝弘くんも別に怪しんでいる様子もなかったから、私も付き合うことにしました。

それに私自身、セミナーの内容は現実味がなくても楽しかったので、怖いとか、そう言う風に思うことはなかったんです…」


「じゃあ、大きな変化は次の段階に進んでから?」


「はい。セミナーの度に、感想文を提出したり、スタッフの方とディスカッションしたりして、それが評価されると、さらに次の段階に案内されました。私たち三人は、殆ど同時に次の段階へ進んだのですが、次の会場で陽菜ちゃんは…」


朱里は俯いて、顔色を変えた。陽菜の身に何が起こったのだろか。強い洗脳状態になり、人格が劇的に変わってしまったのかもしれない。朱里は意を決したように顔を上げた。


「陽菜ちゃんが、深浦芳次に出会ってしまったんです」


「深浦…くん?」


新たな登場人物に新藤は首を傾げるが、朱里はその名前にこそ事件の核心があると言わんばかり、深く頷いた。


「新しい会場では、それまで以上に、見たことのない参加者がたくさんいました。このセミナーのイベントは各地で行われているらしくて、次の段階に進んだ色々な地域の人たちが、そこに集まっていたんだと思います。

規模は…百人以上はいたかもしれません。今までは机と椅子があって、座って講義を受ける形だったのに、そこでは違いました。とても広い、体育館みたいなフロアで、所々にソファが置いてあったり、大きいクッションが置いてあったり、体育の時間で使う跳び箱とか平均台があったり、なんて言うか…

子供たちが集まって遊ぶ場所みたいな感じです。みんなリラックスした状態で、お話ししたり、一緒に運動を楽しんだりするんです」


「みんな自由に過ごしているだけなの?」


「いえ、最初に三十分くらい、変な映像を見せられます。日によって内容は違って、動物がじゃれ合っていたり、どこか外国の公園で夫婦と子供が楽しそうに遊んでいたり…そういう映像です。それが終わると、みんな瞑想を始めて、奇跡体験を…待ちます」


「……奇跡体験というと、具体的には?」


どうやら、彼女が如月探偵事務所に依頼を決めた理由が、ついに語られるようだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ