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やがて、イシャになる  作者: 彩守るせろ
4. やみにも征くは
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8. まもりたるために



「あのまま休んでてよかったのに」


 自分のすぐ傍らを走る少女へ、苦笑して椋は言葉を向けた。

 異常事態の数々のおかげで、既に椋の全身は非常に重い。しかしカリアはそんな椋に、半歩遅れないくらいの速度で「ついてきている」。

 明らかに彼女は、椋より疲弊していた。クラリオンに飛び込んできたときと比べればずっとマシだと本人は言うが、そもそも、カリアが今無理をする理由はなにもないのだ。

 しかし彼女は、あんまりにもきっぱりと拒絶した。


「イヤ」

「えっ」


 可否でも肯定・否定でもなく、一刀両断に感情で「嫌」と来た。

 思わず椋は足を止め振り返った。瞬時に射ぬいてくる金色の瞳は、絶対に頑固に譲らない人のそれだった。

 きれいに予想外な彼女に、思わず椋は笑ってしまった。


「嫌って、カリア」

「いやよ。絶対にいや。……リョウ、あなた、わかってる? さっき自分がどんな顔してたのか」


 ……そんなすごい顔してたのか? 

 つよい眼差しで言い切られて、椋は内心思わず首をかしげた。

 相当情けない顔をしていたのだろうとは思う。怖い、こわい、わからない。底なしのおそれは、どれだけ目を背けたって蓄積する一方だ。自分が正しいことを、間違っていないことを、証明できるものは皆無である。

 怖い、けれど、もう止まれない。

 ただ衝動だけの、理想だけのガキは、一度でも止まってしまえば、もう、ぜったいに動けなくなってしまう。

 ダメだな、俺。

 思っていたら、気づけばカリアがなんとも複雑そうな表情を浮かべていた。


「ほら、またそんな顔する」

「……どんな」

「自覚がないわけでは、ないんでしょう? だって、」


 あなたは。

 その先の言葉を、椋が聞けることはなかった。

 きんいろが一瞬で硬化した――そう、椋が思った瞬間、強い力で椋は突き飛ばされた。

 あまりに突然の衝撃に受け身も取れない。背中から道端に叩きつけられ、本気で一瞬息が詰まった。

 しかしまともに痛みを覚える間もない。

 背筋が凍るほどにおぞましい、不協和音の声が椋の鼓膜を叩いた。


「カリア……!?」

「ほら、やっぱり一人にするべきじゃなかった」


 思わず呼んだ名に返った言葉は、あまりに場違いに静かだった。だからこそ、その語尾が震えたのを、椋は聞き逃せなかった。

 脇腹を押さえるカリアの手が、じわじわと赤くなっていく様に愕然とした。

 その視線が睨み据える、先の、


「……な、」


 意味不明なものが、そこには蠢いていた。

 それはひどく不気味な、子どものような姿形をした「なにか」だった。

 だがそれは決して、子どもではあり得なかった。あまりに、それは邪悪に醜悪であった。ボサボサに長く、ほぼ顔全体を覆うような髪、合間からぎろりと覗く目玉は、明らかに人の顔の作りとは隔絶した異常の場所でぐるうりと廻っている。

 体格には不釣り合いに大きい口から零れる唾液は、地面へと落ちた瞬間ジュッと音をたてた。ひどく嫌なにおいが周囲に撒き散らされる。普通なら二本しかないはずの腕は、左右両方の肩から三本ずつ生え、その生える向きもてんでバラバラ。さらには、その頭にはまるで、ラフレシアのような不気味に巨大な黒赤い花がでかでかと咲きほこっていた。

 同じく頭上に花の周囲を囲むように、ぼうぼうに生えた雑草の先にはちらちらと奇妙な小さいものが見える。月明かりと決して多くない街灯の下ではそれが何なのかは椋には分からない。しかしこれが「良くないもの」であることは一瞬で見て取れた。

 何かを必死で、押し込めようとするように歯を食いしばったカリアが声を上げる。


「……リョウ!」


 鋭い呼び声に、ぞっとする。キケケケケケ、閉じる気などないのだろう口から発される奇声に、まるで頭蓋骨の裏側から頭を引っかかれているかのようなひどい不快感を覚えた。

 彼女の手のひらが赤いことに、気づかぬ椋ではない。

 しかし傷を押さえたまま、カリアはさらに声を上げるのだ。


「行って、リョウ! ここは私に任せて、早く!」

「い、いや、でも!」


 そんなひどい怪我して、それにまだ全然ちゃんと回復できてないのに。

 必死に言い募ろうとする椋の、すべての言葉を拒絶するように。

 鋭い、ナイフのように尖った彼女の声が、更に容赦なく椋を打ち据えた。


「あなたがいても足手まといよ。あなたは、あなたの必要とされる場所に行って」


 いっそ静かに告げられる言葉に、その真実に息を呑む。言葉を失う、それは厳然たる事実だった。

 魔術どころか剣すら握ったことのない椋に、魔物を倒す術などない。

 しかしそれでも、動けない。こんな状態のカリアを放って一人で進め? あまりに酷な選択だった。足が動かない、呼吸が疾走の結果としてだけではなくおかしくなっていく、自分の無力さと未熟さが全身を容赦なく苛む。

 結局椋を動かしたのは、ダメ押しのように発されたカリアの、もはや絶叫にも似た懇願の声だった。


「早く行って! 早く! ……お願い、私に人を、一人でも多く守らせて、リョウ!!」

「……っ、くそっ!!」


 彼女の手のひらに、炎が生まれる。

常人には決して扱うことのできない烈火、猛火、劫火。暗い夜道を鮮やかに照らし出すその真紅は、椋には決して手出しできない異世界に存在するものだ。

 幾重にも連なり絡まる鎖を引きちぎり、おそろしく重い足に幾つもの罵倒の言葉を吐きつつ椋はカリアに背を向けた。走り出す。再度、今度は二人ではなく、たった一人で。

 何から何まで何も知らない、自分が痛くて、たまらなかった。

 息苦しさも何もかも、振り切るように全力であの家へと向かって椋は駆け出した。




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